08 秋の芝生はまだまだ青い

「……おまえの家に近いバス停。」
「ああ。そうだったわね。でも、知らないから仕方ないわよねぇ。はい、おしまい。」

飲み干したコーヒーのカップをソーサーに置き掌をパンと合わせる。
この話は終わりと合図するのは勿論悪あがきなのだが、余計なフラグが立たないかもしれない。

「知らなかったら確かめたらいい。……行くぞ。」
「は?ちょっ……?!」

カタンと椅子をずらせて立ち上がる葉月が、まるっきり斜め上の行動だった事に目を丸くしながら床を引きずる音を立てて私も立ち上がった。
葉月の左手には私の紙袋。これを取り返さない限り葉月の思うがままだ。

「どこ行くのよ。っていうか、返しなさいよ。」

葉月の意図が分からないままに少しだけ後ろを足早に着いていく。
見た目と話し方はおっとりというか、のんびりとしているくせに、妙に足は早い。
これは、自分の足が長いという無言の自慢かなにかなのか。
片や私の方は、小幅な早足。まるで一人駆け足なのは、葉月に対して文句を言いながらなせいであって、葉月より顕著に足が短いせいではない。けっして。

「ここか……。」
「そう、みたいね。それにしても…こんなとこにバス停なんてあったのね。普段使うものじゃないから気付かなかったわ……。」

相変わらず涼しい表情の葉月と息の上がった私の前には、バス停の看板。
私が住むマンションの坂をほんの少しだけ上がったところにあったのだが、通りの両脇が並木になっているせいで部屋からはまったく見えていなかった。

「何階のどの部屋だ?」
「……なんのことかしら?」
「……あそこか。」

この木があるとちょうど死角になるのか、と、少しだけ顔を上げただけなのに。
そのほんの僅かな動きと視線を見逃さない葉月。
そして、的確に言い当てるその視力。完璧なキャラクター恐るべし。何処ぞの器用貧乏とは大違いだ。

「……じゃあ。日曜日。」
「は?ちょっ!?葉月?!」

さり気なく差し出された紙袋を思わず受け取ると、緩い坂道をそのまま上って行く。
聞こえているはずなのに振り返りもしないのは、格好をつけているつもりなのか。

「ふふん。甘いわね、葉月。」

今の流れで本当に私との予定を取り付けたつもりなのか。
甘い。甘すぎるわ。
私は完全な了承をしていない。と、いうことは、約束なんてしてないのも同じ。
マンションはバレバレだろうけど、部屋までは分かっていない。ここはオートロックだから部外者は侵入不可能。

「さーてと。戦利品でも広げよーっと。」

やっと手元に帰って来た紙袋を少し持ち上げて、くるりと踵を返したのだった。

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