23 ダブルトリプルクアドラプル

「……。自販機あるわね。あんたはなに飲む?」

通りを挟んだ向かい側にある街灯の下に煌々と輝く自販機を見つけ、繋がれた佐伯の手を解いて手首に引っ掛けた茶巾の袋から折り畳みの財布を取り出す。

「俺が出すから。鈴香、何がいい?」
「いいわよ。さっきだしてもらったし。」

邪魔をするように掌で蓋をした佐伯の手を払いのけながら、摘んだ小銭を投入口に滑らせた。

「じゃあ、ここじゃなくて、ウチでコーヒーでも飲まないか?」
「あんたねぇ。今、何時だと思ってんの。帰りは真夜中になるじゃない。女の一人歩きなんて襲って下さいって言ってるようなものよ?」

またバカな事を言い出した。と、呆れ返りながら、ミネラルウォーターのボタンを押す。
ガコンと音をたててそれが落ちてくるのを確認してから、
佐伯のはコーヒーでいいかと続いて光るボタンを押した。
ここがそんな物騒な場所だなんて思ってなんかはいない。
どう考えても、私が通っていた元の街の方がそれらしい雰囲気がある。まあ、身の危険を感じた事はないけれど。

「じゃあ、鈴香の家なら?俺がコーヒー淹れるし、鈴香は危なくないし。」
「は?」

ガコンと再び同じ音をたてた自販機と同時に、意味の分からない佐伯の声に身をくの字に曲げたまま佐伯を見上げる。
こいつは、自分が言った言葉の意味が分かっているのだろうか。いや、この、まるでいい事を言ったという表情はこれっぽっちも思っていないだろう。

「 だから……。」
「聞こえてないって意味じゃなくて。あのね、私が一人暮らしなのは知ってるわよね?」
「ああ。」

それが?と言いた気にキョトンと首を傾げる佐伯。
想像力が乏しいのは経験値が低いからなのか、佐伯だからなのか。
深く溜め息を吐きながら、取り出したコーヒーを佐伯に押し付ける。

「こんな深夜に一人暮らしの女の家に押しかける意味は何?って意味。」
「え?……あ、そんなんじゃ!!深い意味とかじゃなくて!」

暫くの沈黙の後、目を大きく見開いて両手を振る佐伯。
深い意味とはなんだ。この僅かな時間の間に、何を想像したんだか。というか、そういう想像なら一瞬で豊かに張り巡らせられるのか。

「まあいいわ。それじゃ帰るわよ?」
「でも……、なんか納得いかない。つーか、あいつらさえいなかったら……。」
「はいはい。終わった事を蒸し返さない。花火は見られたんだからいいでしょ?」

コーヒーがなんたらは諦めたのか、歩き始めた私の後を大人しく着いて来る佐伯。
来年はこんな面倒にならないように手を打たないと。
溜め息を吐きながら、長時間は履き慣れない下駄の鼻緒で擦れる足の指を気にしながら歩き始めたのだった。

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