今まで。と言っても、光輝の前では一度しか酔っぱらった事はないけれど、こんな態度を表す事なんてなかった。
肩を抱かれるようにエントランスの階段を上りながら、ここ。この世界では必然的に、案内人すらも攻略対象とやらに入ってしまうのかと焦る。
光輝がタイプとかタイプじゃないとかそうじゃなくて、それ以前の問題なのだ。そう、非常に面倒臭い。
ただでさえ佐伯やら葉月やら、中身が予想外の人物が面倒だと思っているのに、光輝までがそうだとしたら、この先何人の……いや、出会うすべての人物がそうである可能性が高くなってしまう。
隣にいる光輝が今までの光輝なのかそうでないのか。それを確かめる術はあるんだろうか。
そんな事を考えている私の耳に微かに金属を捻るような音が届いた。
「つめた、っ!!」
あまりの冷たさに、息を吸い込んだまま吐く事も出来ずに止まる。
頭から冷たいシャワーを浴びせられたと気付くまでが数秒。
そして、自分の身体に巻き付く腕にも気付いて冷たさに震えながら顔だけを向けた。
「な、にやってんのよ。」
「シャワー浴びないとって言ったでしょう?目、と言うか酔いは醒めました?」
「違うっ!」
「ああ。話しかけたんですけどね。返事がなかったので仕方なく。でも、さすがにちょっと冷たいですね、温度上げましょうか。」
私を後ろから抱きしめたまま片手を伸ばし、冷水になっているシャワーの温度を上げる。暖かいお湯に変わると浅くなっていた息も漸く元に戻り、酔いもすっかり遥か彼方だ。
「…いつまでこうやってるのよ。」
「そうですね。もう大丈夫そうですけど……なんでしたら最後まで付き合いましょうか?」
「さっ!?最後ってなによ!?」
「そりゃあ…って、貴女でもそう慌てる事もあるんですね。冗談ですよ?じゃあ、ちゃんと暖まって下さいね。」
少し悩んだように首を傾げる光輝が、濡れた私の髪を梳くように指に絡めちらりと見下ろす。相手は服を着たままとはいうものの、私は水着にホットパンツ。半裸といってもいいくらいの布の量だ。
まさかとは思うものの、そのまさかもあり得なくもない。
言葉を失った私を見つめると、意外という表情をしたまま拘束していた腕をほどいて、何事もなかったように出て行く光輝。
「び……っくりした。」
カチャリと扉の閉まる音にへたりと座り込む。
酒のせいではなく、色んな意味での物凄い衝撃に、身体の力は抜けたままだ。
やっと出た声で呟くと、一番大事な事に気付き、勢いよく立ち上がって風呂場のドアを開けた。
「……って!ちょっと光輝!どうやって私の部屋に入ったのよーーっ!!」
そう。鍵を渡した記憶などない。
そして私の怒鳴り声は虚しく響けど返事は来ず。
今日1日の疲れがどっと押し寄せた私は、もう一度シャワーを浴びる為にのろのろと扉を閉めたのだった。
30 夏にご用心