29 夏にご用心

火照る頬に触れるガラスの感触が心地いい。
海とは反対側のせいで、昼間の騒々しさが嘘のような景色。
等間隔に並ぶ街灯は気が早いらしく、まだ夜になってもいないのに明かりを点けている。

「だから送りますって言ったでしょう?無理に歩くから酔いが回るんですよ?」
「それは私にじゃなくて佐伯に言ってたでしょ?っていうか、子供と同じ土俵に立ってどうするのよ。バカじゃないの?」
「そうでしたっけ?」
「あんた。最初の設定とやらはどうしたのよ。」
「あー……。」

車の事などよく分からないが、たぶん見た目には同じ車。でも、今私が乗っているのはタクシー特有のドア部分にある会社の名前だの、天井に電気が着くぼんぼりみたいなのとか付いてないただの車。そして座席は後部座席ではなく助手席で、目の前のダッシュボードにはメーターだのなんだのもない。いたって普通の車。

あの後、砂浜を歩く私を追い掛けて来た光輝の車に乗せられ家路へと向かっていた。
佐伯とはどんな話で終わったのかは知らない。

「ところで、これどうしたのよ。」
「なにがですか?」
「いつもの車は?」
「これがいつものですが。観光地ならまだしも、あそこでは悪目立ちしすぎるでしょう?ちょっとカスタマイズしてきました。」
「ふーん。で、私はどうして後ろじゃないのかしら。」
「そりゃあ、これはタクシーじゃないですし。」

タクシーの装備品はそんなに簡単にカスタマイズとやらが出来るのか。
それを聞いたところで、またいつものお約束が出るに違いないと口をつぐんだ。
車は海岸通りを左に曲がると、さっきまでとは風景もがらりと変わり、普通の街並みに戻る。
見慣れた緩やかな坂道を少し登ったところで、ゆっくりと車が停まった。

「着きましたよ?歩けますか?」
「ん。大丈夫、送ってくれてありがと。」
「あの時よりは大丈夫そうですね?」

身体を捻りながらドアを開けかけた私の背に聞こえる声がいつもの調子と違う。
何が?と頭に文字として浮かんだところで、身体が揺れる衝撃。そして、その僅か後にレバーを押したまま半開きで止まっていたドアが、私の意思に反して開く。
既に足を外に出しかけていた私の身体がその反動で車から追い出された。

「送りますよ。貴女そのまま寝そうですし。」
「いいわよ。たいして酔ってないんだから。」
「言ったでしょう?そのまま寝そうだって。シャワーくらい浴びないと。」

ドアを開けようとした状態で伸びたままの腕を光輝が掴む。
引き寄せられてよろめいた瞬間、背中でドアの閉まる音がした。必然的に私は光輝の腕の中だ。

何処かで何か間違った気がする。

「ほら、行きますよ?ちゃんと歩けますか?」

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