27 夏にご用心

「…初心者でも泳げるって、海って凄いのね。」
「えっ?鈴香ってかなづ……。」
「海はこんな感じで足を浸けた事くらいしかないってだけで、プールでなら泳いでるわよ。」
「なあ。もしかして…鈴香って、すごくお嬢様だとか?」
「…どうしてそうなるの。」
「初めて会った日、そんな格好してたし。こう……避暑にきたみたいな……似合ってた…。」
「あんたさ…頭に何か沸いてるんじゃないの?」

まるで夢を見ているようにうっとりとした表情で思い出している佐伯。
私の記憶にある初めて会った日というのは、こいつがいう部類の格好はしていない。たしかに地味ではあったけれど。
毎度の事ながら自分の都合のいいように変換する能力は流石というか、何処かおかしいんじゃないかとさえ思える。
飲んでいるからではなく、この思考がまったくもって理解できない。どちらかと言えば理解したくないという拒否のような頭痛がしてこめかみを押さえた。

「はぁ。もういいから、あんたは店があるんじゃないの?ほら、店の子達待ってるわよ?」
「鈴香は…。」
「いいから。ほら、行きなさい。」
「イヤだ。」
「ちょっ…。」

早く行けと追い払うようにひらめかせる私の手を掴んだ佐伯。
ぐいと引っ張られて砂に足が捕らわれ、そのままずるずると連れられていた。
頭にバンダナを巻いた従業員の一人が、店の前に置かれた円形の白いテーブルの真ん中に突き刺さったパラソルを畳んでいて、近付く私達に気付くと人懐っこそうな笑顔を見せた。

「ああ、佐伯くん。そろそろ店じまいしようかと。」
「それ、俺が運びます。鈴香は適当に座ってて。」

慌てた佐伯が私の手を離し、テーブルへと駆け寄る。
店内を見渡すと、すっかりテーブルの上は片付けられていて、私に出来る事はなさそうというか、端から手伝おうなんて気は更々なく、店の入り口にある椅子に腰を降ろしてテーブルに肘突ついた手に頭を預け、パラソルの束を抱えて歩く佐伯や、テーブルを積み重ねる未だに名前すら聞いてない従業員Aを眺めていた。

「これ、よかったらどうぞ?」

不意に目の前にかざされたのは、透明なペットボトル。
顔を上げるとそこにいたのは一番最初に私に話しかけてきた彼だった。が、彼の名もやはり知らなかった。

「ありがと。ちょうど飲みたかったの。」
「こちらこそ、今日は助かったよ……って、本当なら俺達がしなきゃいけない事だったから、こんな事言っちゃいけないんだけど。」
「あー。別にいいんじゃない?ギャラリー的にも盛り上がったみたいだし。」
「はは。確かに。ところで、アレはどうする?持って帰る?…とは言いづらいんだけどね。」

prev 27/30 next
しおりを挟む/しおり一覧

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -