26 夏にご用心

「はあ?途中までってなに?家まで送り届けたんじゃないの?」
「だ……だってさ。送って行くのはいつもそこまでだったし。平気だって言ったし。」

思わず眉間に皺を寄せながら立ち止まる。
思ったよりも声が荒かったのか、上擦った声の佐伯が同じように立ち止まった。

「こういう時は家まで送っていくのが普通でしょ?怖い思いをしたのはついさっきなのよ?」
「怖いって……それは、あの男達の相手をした鈴香の方で、あいつは何も−−−。」
「は?いつ私が怖がってたのよ。バカにしてんの?」
「そういう意味じゃ―――。」
「あんた。今日はあかりちゃんを無理矢理呼びつけたんでしょ?しかもあんたは雇い主。あかりちゃんの安全を保証する義務があるわよね?」
「そ、そう……だよな。」
「だったら。か弱い女の子を家まで送るくらいの甲斐性を見せたらどうなのよ。」
「か弱い……?でも、うん。そうだな。そうだよな。」

雇い主という単語に反応したのか、真面目な顔をして頷く佐伯。
本当の雇い主は佐伯の祖父である珊瑚礁のマスターなんだろうけど、嘘も方便。もとい、バカとハサミは使いよう。
これで、今度からはちゃんと家まで送り届けるはず。もともと佐伯とあかりちゃんがくっつきやすいルートのはずなんだし、一緒にいる時間が増えれば黙ってても親密度が軒並みうなぎ登り、のはず。
一年目の夏である今なら邪魔な奴は一人もいない、はず。

「あ、あのさ。」
「なに?」
「あの……。その……。」
「なによ。はっきり言いなさいよ。」
「えっと、さ。大丈夫なのかな、って思って。さっき…かなり、だったし。」

いつものとんちんかんで間合いを考えず、二歩も三歩も踏み込んでくる物言いとは違い、微妙に顔色を窺うような。
さっきの態度がそうさせたのか。と思いつつ、なんの事やらと頭を捻る。

「あー……。酔ってるわよ?さすがにアレはキツいわね。まあ、倒れる程じゃないけど。」
「あれだけ飲んだのにか!?じゃなくて!」
「じゃないならなんなのよ。」
「あ?え?えっと、鈴香って酒飲むのか?っていうか、あーいうの慣れてるのっていうか……。」
「あー……。まぁ、色々あるんだけどね。とりあえず、企業秘密って事で。」
「またかよ!」
「いいじゃない。女には色々あるのよ。」

あの最後の一杯のせいで、時間が経てば経つほど頭がぐるぐる回る。そう簡単にぶっ倒れたりはしないけど、ここに来てからの断酒生活のおかげで、弱くなってるのは確か。
下手な事をぽろりと漏らす前に会話を終わらせようと、止めた足を海へと向けた。
ざざん、と、寄せる波が足首をさらう。さっきよりも海水の温度が下がっているのか、ひやりと冷たく気持ちいい。

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