21 夏にご用心

辿り着いた岩場。振り返ると、さっき通り過ぎて来た人々が少し小さく見える。
波に洗われて足場の悪くなった岩を慎重に踏みしめながら回り込むと、さっきよりは平坦になった場所。
あちこちに尖った岩が突き出ているけれど、目の前の海はかなり水深がありそうな海。
たぶん、ここなんだろう。

「ここに来たかったの?」
「んーー。たぶんね。」
「なによ、たぶんって。」
「だって、一枚絵でしか見た事ないもの。それに、メインで写ってるのアレだったし。」
「アレって……佐伯くん?あんた好きだったんでしょう?」

岩場の端にしゃがみ、やけに透明度のいい海を覗き込む。ずっと思っていたけれど、やっぱりこの海はどこぞの南国辺り、無人島とかそれを目玉にした観光地とか、その部類にしかない程の透明度だ。現実にはありえない。さすがゲーム。

感心する私をよそに、この世界をまるで知らない洋子にはただの海としてしか見えないのだろう。
まったくお門違いな言葉を私に投げかける。
冗談じゃない、私の王子はと振り返ると適当な岩を椅子にし呑気に座っていた。

「私が好きなのは葉月。アレじゃないの。」
「そうだっけ?佐伯くんもいいって言ってたでしょ。」
「言 っ て な い。過去の私が言ってたのなら前言撤回、今は葉月……も、どうかなぁ……あれだもんなぁ……。」

カッと噛み付くものの、ふと思い返した彼の姿に語尾が弱くなる。

確かに彼はあまり壊れてはいない。

ただ、壊れすぎてるアレと比べればの話であって、まったくのイメージ通りな訳じゃない。

例えて言うならば、雑誌に出てくるような気品漂う猫ではなく、普通の飼い猫っぽかったというか。

―――ああ。アレは完全な犬だったけど。

いつだったか定食屋のテレビで見た、飼い主の手から逃れ全力疾走する大型犬。
あの、まるで躾がなってない、欲望のままに生きるバカ犬、そっくりだ。

「――――泳ぎたい。」
「は?あんた海で泳げたっけ?」
「知らない。海水だし平気でしょ。」
「飲んでるんだからやめなさ―――。」

アレの話はもういいんだって。

せっかく来たんだから、あっちではやらない事。ここだから、ここじゃなきゃ出来ない事。

止める洋子の声を最後まで聞く事なく、思い切り足から飛び込んだ。

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