12 夏にご用心

「は…離して下さいっ!!」

悲鳴のようなあかりちゃんの叫び声。その切羽詰まった声に全員が一斉に店へと振り返る。

トレイを片手で胸に抱えたあかりちゃんは入り口のテーブルの男に左腕を取られ、拒否を示すように身を思いきり引いていた。

「―――あの、バカッ!」

客とトラブルを起こしたと勘違いでもしたのか舌打ちして慌てて立ち上がる佐伯をちらと見上げて、何だかんだと大人ぶる佐伯もやはり子供だと溜め息を吐いた。

外に背を向けた男の顔は見えなくとも向かい側に座る男の顔で何が起こっているかの検討はつく。

これがカッコイイとでも思っているのかメッシュを入れたぼさぼさとセットした髪。首からはシルバーのアクセサリーをじゃらじゃらと下げ、指にはお約束ともいえる流行りのブランドのシルバーリング。何処から探しだしてくるのかド派手な柄のシャツを羽織り、だらだらと膝辺りまである水着。
ニヤニヤと笑みを浮かべ、これまたお約束ともいうべき日サロで焼いただろう黒い肌。

おまけにテーブルに並べられたジョッキの数々。

何処からツッコミを入れたらいいのか分からない程、この場所とは不釣合いの二人組。水着を着ているから泳ぎに来たのだろうと分かるだけであって、風貌そのものは私の世界の繁華街にゴロゴロ転がっている奴らと同じ。

はぁと溜め息を吐きながら洋子に向かうと手を差し出した。

「メイク道具貸して。」
「揉め事はやめなさいよね?自分の姿くらい分かってるんでしょう?」
「分かってるわよ。だから、じゃない。」
「な、な、なにするつもりなんですか!暴力はダメですよ!?貴女は一応ヒロインで、これは乙女ゲームなんですからね!」
「ウッサイ。らしくなくて悪かったわね。ってゆーか、やめなさいよね、そういう夢を壊すような事言うの。」

片肘をつきながら呑気にビールを煽る洋子と、そんな私達の顔を交互に見ながらオロオロと慌てる光輝。

すっきりさっぱりと夢のない事を言うのかと睨みつけてから、洋子に渡されたポーチの中をまさぐり口紅を取り出し唇に乗せる。
本当ならもうちょっと手をかけたいとこだけど事は一刻も争うようだし。相手はバカそうだから大丈夫だろう。
唇を合わせ馴染ませながらメイク道具が入るポーチを洋子に手渡すと、三つ編みにした髪をほどいて立ち上がった。
駆け出した佐伯の後をゆっくりと歩きながら、こちら側に向けている男の顔に頭を捻る。

―――何処かで見覚えがある。

この世界に来てから関わりがあるのは限られているのだし、あんなチャラ男は学校にはいない…はず。

はて、いったい何処だったのだろうと記憶を掘り起こして気付いた。

――あー……。夏のここだわ。

そう。着替え終わった後に幾らかの確率で登場する、佐伯いわく「丘サーファー」とやらに似ていた。
それを数倍チャラくし、そして下品にした。それが店の中にいたのだった。

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