10 夏にご用心

「え…と、佐伯くんだっけ?鈴香はね?ぶっ…この世で一番ソレが嫌いなのよ。」

洋子がソレ、と指差す先にあるのは、暖かそうなパイナップル。
すなわち、トロピカル焼きそばとやら。

「洋子、ちょっと間違ってるわよ?私がこの世で嫌いなものは煮えたパイナップルとキュウリ。もう甲乙つけがたいくらいにね?」

そう、パイナップルもキュウリも好きだけれどそれは生である事が条件。
熱が入ったこれらは誰がなんと言おうと食べ物じゃない。そもそも、生で美味しく食べられるのにどうして暖めなきゃならないのか、そこが理解できないしする気はない。

「でっ、でも、絶対これは旨いから!一番人気あるんだし!」
「そんな事ありえないわね。あんたんとこに来る客の味覚がおかしいんじゃないの?」
「そんな事ないって!食べてみたら案外旨いかもしれないし!」
「絶対ない!それに、この世に煮えたパイナップルとキュウリしかなくなっても私は食べない。餓死しても食べない。むしろ食べたら即死する。」

どうしても諦めない佐伯と押し問答を繰り返す。そこまでして私に食べさせたい意味が分かんない。
自分で食べるとか、あかりちゃんとか厨房のアルバイトの子とか選択肢はいくらでもあるだろうに。

もし私が諦めて食べるんだと思っているのなら…おあいにくさま、それだけはなにが何でも食べない。
例え、ここでの思い出が増えるんだよとか言われたって、そんな思い出作るくらいなら今ここでとっとと帰るっての。

それまで宇治金時だけを見つめていた光輝がふと顔を上げる。どうやら会話だけは聞いていたようだ。

「…なんとなく疑問に思ったんだけど……鈴香ちゃんってトマトに火が通ってるのはどうなの?」
「え?食べられるけど?美味しいじゃない。」
「なんでっ!おかしいじゃないか!それならパイナップルだって同じじゃないか!」
「佐伯…あんたバカでしょ。トマトははね、スープとかケチャップとかあるじゃないの。はなっから火を通すものなのよ。でもパイナップルはないでしょ、スープとかケチャップにしないでしょ。」
「鈴香…あんたって言ってる事は相変わらずなのね。その屁理屈は流石だわ。」

なるほどと妙に感心したように頷く光輝と、やる気のない拍手をしながら笑う洋子。
そして次の言葉が出ない佐伯。

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