すっかり投げやり気味に店の中央まで進むと、厨房から現れた年上っぽい男性がエプロンを手に苦笑いで出てくる。
「何か凄いですね…僕、あんな佐伯くん初めて見るんですが…。」
「あまり気にしないで下さい。…気にしたら疲れますから。」
「あはは、そう…かも。あ、えっと飲食店でのバイト経験は?」
「まったくないです。でも、とりあえず注文聞いて商品運べばいいんでしょ?」
「そっ、そうだね。簡潔に言えばそうだよね。」
乾いた笑いの相手の隣でエプロンを着けながら壁に貼られたメニュー表を見ながら答える。
何十種類もあるのなら無理だけど、これくらいならなんとかなるだろう。
例え覚えなくてもこれだけデカデカと貼ってあるんだし。
問題はどの客なのか分からないって事だけど……。
まぁ、分かるやつだけやったらいいか。
どうせ即戦力になるだろうなんて期待されてなんかないし。
一応飲食店という事もあって、バンダナを頭に巻いた後髪を三つ編みに結っているとスキップでもしそうな勢いのあかりちゃんが隣に並ぶ。
「鈴香ちゃん。今日は私がフォローするから安心しててね!」
「あー、うん。私、役に立たないからね?一応テーブル番号くらいは覚えるつもりだけど。」
「いいの、いいの!鈴香ちゃんと一緒にいられるだけでいいんだから!」
―――もしかしたら上手い具合にハメられたのかもしれない…。
午前中の海の家は、時々ふらりと立ち寄るカップルや家族連れにテイクアウトの客が主で、特別する仕事もなくのんびりと店の一番奥、厨房に近いテーブル席で私の傍を離れないあかりちゃんと海を眺めていて。
時間があると隣に座ろうとする佐伯を『注文だよ?』と笑顔で、しかし顎でこき使うあかりちゃんの姿にそんな事をぼんやり考えていたんだけど、昼になるとこれが海の家なんだと実感する。
―――とにかく忙しい。
なんて言ったところで、初心者でたいしたやる気もない私が出来る事は、テーブルの後片付けと飲み物を運ぶくらいの簡単な仕事しかないんだけど。
06 夏にご用心