21 思わぬ出会い

彼には、三択会話みたいなコマンドが欲しい。そうしたらこんなに悩まないのに。

切実にそんな事を考えつつ、今日の目的だったはずの、ほとんど読めなかった本を鞄にしまう。

「帰るのか?」

文字通り、キョトンとした顔の葉月と目が合う。
これだけ一方通行以前に、平行線な会話なのにどうして引き止めるのか。

「帰るわよ?」

「……どうして?」

「どうしてって……、そこそこ話も終わったようだし?」

腰を上げて伝票に手を伸ばす。なんとなく自分の分だけ払うのも気が引けるから、彼の分も払うか。なんて軽い気持ちで。

『じゃあ。』と声をかけようと立ち上がり伝票を掴むと、その上から大きくて綺麗な手を乗せられた。

「……なに?」

「……葉月、珪。」

「へっ?」

「……名前。」

あー。名前、ね。突然手を掴まれたから、一瞬焦って意識がそっちに向いたわ。

それにしても、名前まで単語だとは……。

そしてまた私の返事待ちなんだ。この世界の自己紹介は、こうじゃなきゃ駄目なんだろうか?いっそ私も単語でいくか?

「あー。もう下の名前は知ってるんだから、上だけね?私、城峰。よろしく。」

「……電話番号は?」

「はぁ?いきなりなんなの!?」

「学校違うんだから、連絡の取りようがない……。」

そりゃそうでしょうけど!!どうしていきなりそう来るのよ!何処の世界でも、手順ってものがあるでしょ!

「別に取る必要なんかないでしょ!あんたここに来てるんでしょ?だったら会えるじゃない!」

「いつ来るか知らないし……。」

「そんなの縁があったら会えるの!いい?初対面の女に電話番号なんか聞いちゃ駄目なの。非常識なの。分かった!?」

縁だなんて微妙に佐伯っぽいけど、この先この人が間違った事をしでかさない為にも、お説教の如く説明する。

黙って聞いていた葉月が『うん』と頷いて、満足して席を立つ。これでいきなり電話番号を聞くナンパなんてしないだろう。………たぶん。

「とりあえず今回は私が払うからね?縁があったらまた会うだろうから、その時はあんたが奢って?じゃあ、またね?」

「……分かった。次、だな?」

見上げる葉月に妙な罪悪感を覚えつつ、その視線を振り切って会計を済ませ、ニコニコと嬉しそうなマスターと、奥から顔を覗かせた葉月に見送られ店を出る。

平穏な日々があっという間に消え去った。

―――そんな事実を感じながら。

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