「入って?」
静かに開けられた店の中からは、香ばしい豆の香り。
やっぱり喫茶店の香りっていいんだよねー。
「ちょっとコーヒー淹れてくるから、適当に待ってろよ。」
「あー、うん。」
手をやっと離した佐伯が、店の奥に引っ込む。
適当にって言ったってねぇ。適当だからどこでもいいのか。
手近なテーブル席に座り、そういえばこちらから店の中を見た事なかったなとあらためて見渡す。
まぁ、時代を感じるよね。結構古いんだろうなぁ……。
そういえば、コイツも『じいさんとばあちゃん』だったか『ばあさん』だったかがやってた、とか言ってたし。
こう考えるとさ、私ってコイツの台詞、覚えてないんだよね。どうしてだか。
それに、こうもボーッとしてると眠くなるよね……、ってか寝る。
なんてぼんやりと窓の外を見ていたけど、佐伯の言葉にはっきりと目が覚めた。
「……今、なんて?」
「だから、コーヒー淹れたから俺の部屋に行こう。って。」
「どうしてアンタの部屋に行かなきゃならないの!ここでいいじゃない!」
「ヤだ!前は店で飲んだからいいじゃないか!今度は俺の部屋で飲むの!」
『ヤだ。』って子供かよ……。
さっきまで普通だったのに、また怪しくなってきた。
クラクラとする頭を押さえていると、嬉しそうな顔をしている佐伯に腕を引っ張られ、引きずられる。
「よし、行こう!」
「行こうじゃないんだって!行く必要ないんだから!」
「あるの!行くの!」
器用に片手でトレイを持ち、私を引っ張りながら階段を昇る。
ドアの前まで来ると、逃げられないよう私をドアと自分の前に挟みドアノブを回し足で押し開けた。
――悪知恵だけは働くんだな!
これじゃ、どうやっても逃げられないじゃない!
「はい。入って?」
「入ってじゃない!それは、押し入れてるの!」
グイグイと押され負けして、つんのめりながら部屋に入る。佐伯は後ろ手に鍵を閉めると、ウキウキと勉強机にトレイを置いた。
「ようこそ。珊瑚礁の、もう半分へ。」
「半分へじゃないでしょ。アンタ今鍵閉めたでしょ!」
「それは、気のせいだ。ではもう一度。ようこそ。珊瑚礁の、もう半分へ。」
「ウルサイ!ちょっ!開けなさいよ!」
「イヤだ。鈴香絶対逃げるからヤだ!」
「当たり前でしょ、何軟禁してんの。犯罪でしょーが!」
私は逃げようと、佐伯は逃がすまいと2人がドアの前で必死に攻防戦を繰り広げる。
06 思わぬ出会い