笑いすぎて身体に力が入らない。おぼつなかい足取りで、佐伯に着いて行く。
「で、どこ行くの? 散歩の続き?」
「そんなに笑ったら喉渇くだろ?店でコーヒー淹れてやるよ。」
「淹れるって……。マスターが、でしょ?休みの日まで仕事させちゃ悪いわよ。」
この前だって、結局マスターが淹れてくれたじゃない。佐伯は店の恰好して、自慢げに運んだだけで何もしてないし。
「今日は、俺が!淹れるの!」
「え? 飲めるの?」
「飲めるの! びっくりするなよ?」
得意げな顔でニヤリと笑う。何が楽しいんだか、鼻歌交じりだ。
まぁ、マズイ事はないだろう。
店にも出してた……ような記憶があるような、ないような感じだし。
それに、誰が淹れても私のコーヒーよりマズイ事はないはずだ。どんなにやってみても苦いお湯になるんだよね。
仕方ないからインスタントで我慢してるんだけどさ、やっぱり美味しいコーヒー飲みたいよね。
「どうした?」
「いや、私よりマズかったらヤバイなーってさ。」
「そんな訳ないだろ。つーか、鈴香もコーヒー淹れるのか?」
「以前はね。暇な時とか、オフ……じゃなくて休みの時とか。」
「オフ? ま、いいか。今度俺に淹れて?」
……かなりチャレンジャー発言だな。
きっと、私の腕前を見たら卒倒するだろう。付き合いの長い洋子でさえ、あのコーヒーを飲んだ時絶句したんだから、コイツなら『コーヒーを冒涜してる!』とか怒り出すんじゃないだろうか。
「……無理。止めた方がいいと思う。」
「なんでだよ。そんなに俺が嫌なのか?」
「いいとか悪いの次元じゃなくてさ。飲まない方が身のためって言うか……。」
「イヤだ。今度淹れて?約束だからな?」
――また出た。得意の『約束』攻撃。
本当に好きなんだな。約束って言葉。
でもさ、私がコーヒー淹れるって事はもう決定事項なんだろうか……。
私はそんな約束に同意したつもりはないんだけどね、悪いけど。
だんだんと近づいてくる灯台と喫茶店。使われてない感じのちょっと古ぼけた感じの灯台の傍に、年季の入った喫茶店。
――なんとなく絵になるんだよね。
佐伯が空いた左手で、少し開けにくそうに店の鍵を開ける。貝殻のついた古いタイプの鍵は、右回転らしい。
この手を離して、右手使えばいいのに。
繋がれたままの手を見ながら、そんな事を思う。
05 思わぬ出会い