04.無我夢中で駆け抜ける

「僕に…?わぁ…嬉しいな。どうもありがとう。」

この台詞を口にするのは今日何回目だろうか。そしてあと何回あるのだろう。

校門から一歩踏み出した時からまるで壊れたオモチャのように同じ言葉と同じ笑顔を浮かべていた。
ホッと一息つけるのが授業中だけだなんて笑える。

でもそれもあと少し。
この授業が終われば。

残った気力はあと僅か。
まだ店が残ってるんだから全てを使い果たす訳にはいかないんだ。

黒板の上を走らせるチョークの音に合わせノートに写す。窓際の一番後ろの席は生徒からの死角になっていて、緊張感が緩み小さく溜め息をついた。
そのノートの上に隣の席のあかりから、折り畳まれたメモが投げ込まれる。
そっと開くと、簡単な学校の地図に矢印が書き込まれていた。その下にはあかりの文字。

「チャイムが鳴ったらよーいどん!」

よくよく全体を眺めるとそれは学校の外へと続いている。
始まりには2つ矢印があって一つは俺の名が記されている所を見ると、教室を出た所で途切れている方はあかりなんだろう。

いったいどういう事なんだ?
ただこれだけを見ていてもあかりが言いたい事は分からない。
小声で問い掛けようと顔を向けると、あかりは机の中の教科書をそっとカバンに詰めていた。机の上は教科書とノートが開いたままで重ねられ、その上にペンが一本。畳むとそのままカバンに詰め込める、女子から逃げる為に俺が普段から使っている技だった。

チャイムが―――と、いう事は。
慌てて時計を見てみると、授業終了まであと一分。
今日のホームルームはなし。
チャイムが鳴ったら―――。

ピンと来るものがあり、俺も慌てて、でも顔は平常を装いさりげなくカバンに教科書を詰め込む。

あと十秒。

音を立てないようにそっと椅子を下げ、膝の上に置いたカバンの蓋を開けたままにする。

あと三秒……二秒……。

スピーカーから鳴り響くけたたましいチャイムを合図に腰を浮かせ机の上の教科書を閉じカバンの中に放り込む。この間約一秒。そのまま椅子を机に突っ込みあかりと一瞬目配せして走り出した。俺は教室の後ろの扉から、あかりは前へと、二手に分かれ扉を開けると教室から飛び出す。

後ろからはあかりの走る足音が響く。人の目に着く場所じゃ学校での俺は同じように走る事は出来ず、あかりに渡された地図に目を落としながら可能な限りの早足。

「瑛くーん。お茶してこーよ。」

「ごめんね?今日は急いでて…また今度、ね?」

駆け寄る女子達には作り込んだ笑顔を、しかし急いでいる雰囲気は崩さない。右手に持ったままのメモが何か勘違いさせたのか、俺の演技が余程だったのか、いつもよりはすんなりと女子達をかわせ、あかりのメモにある階段を下りる。降りた階は生徒の気配がなく、漸く駆け出した。

「な…なんでわざわざ…?」

息を切らせながら無我夢中で地図の通りに走る。
昇降口から真っ直ぐ校門に出ればいいのに、わざわざ中庭を通り普段は使わない校舎と特別棟の隙間から体育館倉庫、そして体育館の裏手へ。

そこで漸くあかりの姿を見つけた。


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