05.後日談。もっと優しく看病してよ

普段は静かなこの店も、夏休みともなると客層が大きく変わる。
OL風の女性グループやサラリーマン風の男性客から、俺とさほど変わらなさそうな若者グループ、時には小さい子供を連れた家族連れ。

ようするに、海水浴場内にある海の家からあぶれた連中が、海岸沿いにあるウチの店を見付けてやってくる。
遠目に見て、喫茶店だとははっきり分からないおかげで、海の家程混雑する事はない。ただ、あまり客が入る事はないこの時間帯も殆どの席が埋まっているのと、普段とは違って軽食系の注文が多い事だけ。

俺が長く店に立てるこの時期に売り上げが上がる事は願ってもない事。
しかも、風邪も治って体調は万全。もう一人の風邪っぴきもすっかり良くなったらしく、トレイを片手にクルクルと店の中を回っていた。

「どうやら一段落したようだね。瑛、看板を変えてきておくれ。少し休もうじゃないか。」

水着の上から軽く羽織っただけのような、見るからに海水浴客と分かるラフな格好のカップルを見送った後、漸く店の中に聞こえるのがジャズの調べだけになり、厨房の奥にいたマスターが店の中に出てきた。

「あかりさんもお疲れ様。瑛にうつされた風邪が治ったばかりで疲れたでしょう。」

その手にはカップが3つ並んだトレイ。
「それは違うだろ」と内心呟きながらも聞かなかったふりをして俺は頷くと、今、客を見送ったばかりの扉の内側に掛かった店じまいを表すクローズの看板を引っくり返した。

「違うんです。瑛くんが悪いんじゃなくて、夏休みだから気が緩んだというか…。」
「そうそう。あかりがぼんやりしてるから悪い。つーか、じいちゃん。寝てるだけの俺が、どうやってうつすんだよ。」

4人がけのテーブルの奥に座るあかりが、じいちゃんに向かって否定するように両手を顔の前で交差させるように振る。
その隣の椅子を引きながら当然とばかり頷くと、どさりと腰掛けて目の前のカップを手に取った。

「だから、瑛くんからうつったわけじゃないってば。それよりマスター、聞いてください !瑛くんってば酷いんですよ!」
「何が酷いんだよ。」

バンとテーブルを両手で叩いたあかりがじいちゃんに向かい身を乗り出す。
興奮したあかりに吃驚したように一瞬目を丸くさせるじいちゃん。それでも、何事もなかったかのように笑みを浮かべて続きを促すように見つめた。

「確かに看病はしてくれたんです!お粥も作ってくれたしお薬も飲ませてくれたし!でも――でもっ!」

そこまで一気に、その後は隣にいる俺をキッと睨み付けて、いかに俺がスパルタで看病を続けたのか捲し立てる。
それまで黙っていたじいちゃんは、あかりの息が続かなくなった所で突然笑いだした。

「ははは。それは災難だったね。もし、次にあかりさんが熱を出した時は、瑛の代わりに僕が看病した方がよさそうだ。」
「ええっ!?そんな―――でも、マスターだったら凄く優しく……。」
「なに馬鹿な事言ってんだよ。じいちゃんもあかりが本気にするだろ?」
「ははは。孫にも叱られたし、年寄りは退散するとしようか。それじゃあ、二人ともゆっくりしていなさい。暫くはお客も来ないだろうからね。」

じいちゃんの言葉にコーヒーを飲んでいた俺は、小さく吹き出しそうになりながらも、素知らぬ顔を決め込む。
あかりはただの冗談だと思い込んだようだった。

「バカじゃないもん。看病してくれたのがマスターだったら、瑛くんみたいにお粥おかわりさせたり、あんなにいっぱい布団被せたり、睡眠学習だーとか言って、古典とか英語の教科書読み上げないもん。」
「ちゃんと食って、ちゃんと寝たから早くて治ったんだろ?それに、退屈しなくてしかも勉強出来るんだから、一石二鳥。文句言うあかりがおかしい。」
「それはそうだけど、教科書なんて読まれたら余計に熱が出ちゃうよ。」
「はいはい。じゃあ、あかりはどう看病して欲しかったんだよ?」

コーヒーカップを両手で包み込み口をつけるあかりがブツブツと呟く。
恨めしそうなその声に、長く反論しても俺の得にはならない。と判断し、持っていたカップをソーサーの上に置いて身体をあかりに向けた。

「そっ…それは―――。例えば―――。」
「例えば?」

思わぬ問いだったのか、頬を赤らめて突然しどろもどろになるあかり
何を想像しているのかと眉根を寄せたまま見つめる。

「だからぁ――例えばおでこに手を当てて「大丈夫?」とか聞いてくれたり、ずっと手を握っててくれたりとかぁ、お粥食べさせてくれるとか――。」
「……おまえ、それ…。」
「でもでもっ!そういうのって恋人同士がやる事だよね!あはは〜。」
「いや。母親が小さい子供にやる事。」
「ははっ!?」
「まあ、いいや。とりあえず、あかりがどうやって看病して欲しいか分かったし。」

ふと壁に掛かった時計を見上げると、そろそろ通常の客がちらほら入り始める時間。
残ったコーヒーを飲み干し片付ける為に席を立つと、あかりも慌ててコーヒーを飲み干し俺の後を追う。

「やっぱりなし!今のは違うからね!?」
「なにが違うんだよ。」
「だって、瑛くんなら全部朗読付きでやるもん!」
「あははは。心外だなあ。僕はそんな事しないよ?」
「ほら!絶対やるもん!やる気満々だもん!」

あかりの悲鳴を背に受けながら厨房にカップを運ぶ。
実は、実際にあかりが言うような事、たぶんそれ以上の事をしたのはあかりには秘密。

許可も出た事だし、次はもうちょっと大胆になってみるかと小さく笑みを浮かべた俺なのだった。

END

お題配布先1141

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