殺風景な自分の部屋とは違う、女子らしいというか、女子が好みそうな雑貨屋の一部を切り取ったような。
ここにきて漸く気持ちの余裕も出来、ゆっくりと辺りを見渡す。
「置いてあるんだ……。」
一番最初に目に入った、タンスの上に置かれた見覚えのある縫いぐるみ。
それは以前に俺が誕生日にと贈ったもの。
これを選んだあの時には今みたいな気持ちはまったくなく、ただ、これを見た時にあかりを思い出したからとか、ちょうど誕生日だったし、渡したらどんな顔するかなとか。
本当に深い意味も感情もなかったし、こんな感情を持つ事すら想像していなかった。
「……っと。こんな事してる場合じゃないんだった。」
水を含んだタオルが手から零れて洗面器の中に落ち、水音を経てる。意識が戻ったように我に返ると、また洗面器に手を入れ、冷たい水をたっぷり含んだタオルを絞った。
「ん、っ…。」
掌で前髪を掻き上げ、長方形に畳んだ濡れタオルをそっと額に乗せる。
小さく漏れた声に、目が覚めたのかとあかりの顔を見下ろした。
「……ったく。だから移るんだよ。」
高熱に浮かされ、ぼんやりとした曖昧な記憶に残るのは、心配そうに俺を見下ろすあかりの顔。
あんなに近くに。
そもそも風邪を引いた俺の部屋なんかに来て、一晩中介抱なんてしなければ自分がこんな目にあう事なんかなかったはずなのに。
いつも、いつどんな時でも、俺の事に一生懸命なんだから。
「バカなやつ。」
ベットに着いた俺の手があかりの身体を僅かに揺らす。
薬が効いているのか、静かに寝息を立てるあかりの反対側にも手をつき、両方の腕であかりを挟み込むように見下ろした。
「ホント。バカなやつ。」
いくら熱があって思考力がないとはいえ、自分に好意を持っている相手に、まして自分一人きりしかいない家で何の警戒もなしに看病させるなんて。
薬が効いているにしろ、こうやってぐっすりと寝込むなんて。
「あんまり信用するなよ?」
肘を曲げ、ゆっくりと顔を近付ける。
視界いっぱい。あかりの顔がぼやけるくらいに近付いてもあかりが目を覚ます事はない。
「早くいつものおまえに戻れよ?じゃないと、調子狂う。」
そう。
こんな風に。
あかりにしてみれば、ただの友達。同じ店でバイトする仲間。同じ学校に通う同級生。
そんな関係のあかりに気付かれないように、顔を寄せてしまうくらい。
俺の心の中の葛藤を知るよしもなく甘やかな呼吸で眠り続ける。
人魚だって泡になるんじゃなく、ずっと眠り続けたら…きっと幸せなのに。
迎えに……見つけ出しに行くのに。
―――それが、俺だったら。
なんて考えながら、その暖かな呼吸にそっとキスをしたのだった。
04.その寝息にそっとキスをした