01.上気した頬、潤んだ瞳、そして理性

誕生日の前日に出した高い熱は、誕生日を過ぎる頃にはすっかり下がっていた。
それはたぶん思わぬ訪問者のおかげだったのだろう。と思う。

一人だったら何もしないで寝ているだけだっただろうし、なんだかんだと甲斐甲斐しく世話してくれたから、こんなにも早く熱も下がった、と。

「まあ…こんな事、絶対に本人には言わないけど。」

学校を抜け出して真っ先に来てくれた事は嬉しいし、やけに甘やかされたのも照れくさいけど、こういう時には悪くない……事もない事もない。
病人食だけど、手料理なんてものもあったし。

「……でも、アレはダメだろ、アレは。」

綺麗に畳まれてベットの隅に置かれた一組のパジャマを持ち上げた。
それは誕生日の前の夜に俺が着たものであり、誕生日当日の夜は突然の訪問者である誰かさんが着たものだった。

「やっぱりあれはマズイだろ。俺とあいつはそういう仲じゃないんだ…し。」

まるで写真のように、いや、むしろ目の前にいるかのように。
鮮やかすぎる程鮮明に、男物のパジャマを着たあいつの姿が浮かび、そして、現実はそう甘くはない事に今更気付き項垂れた。

そう。あいつこと、あかりとは、ただの友達。

俺自身は昔のあかりを知っていて、俺自身はあかりの事を友達以上。誰よりも近い、特別な存在だと思っている。が、当の本人は俺の事などすっかりと、綺麗さっぱり忘れている。
そして、毎日傍にいて俺の態度が他の女子とは明らかに違うと分かっているのに、それは自分がここでバイトをしているからだとしか思っていない。つまりは、俺の事を異姓だとは思っていない。

じゃなきゃ、年頃の独り暮らしの男子の部屋で、例え病気で寝込んでたにしても、そいつのパジャマなんて着て一晩を過ごしたりしない。

「うわっ!!」

ぼんやりと、けれどしっかりと、これを着たあかりの姿を思い浮かべていた俺に向かって、窘めるような携帯の着信音が響き、焦ったあまりに手に持っていたパジャマをポトリと落とした。

「……もしもし?え?――熱?―――バカ!店なんていいから。今からそっちに行くから待ってろ。」

音に連動して震える携帯に思わず毒づきたくなる気持ちを押さえ、何気ない声で電話を取る。

相手はもちろんあかり。
いつもとは違う。小さな、絞り出すような、吐き出すような声。
一瞬で俺の風邪が移ったらと分かり、返事を聞く事もせず部屋を飛び出した。

何も考えず、条件反射で動いた事を後悔したのは、あかりの家の前。チャイムを鳴らす、その瞬間。

「…………。開いてるわけな―――開いてるし。」

確かあかりの両親はまだ旅行中だったはず。俺と同じように鍵をかけ忘れるなんて事はないだろうと思いながらチャイムを諦め、ドアノブを回すと静かに扉が開いた。

呆れるのが半分。自分の事は棚に上げて、なんて不用心なんだと腹が立つのが半分。

初めて上がる女子の家がまさかこんな泥棒みたいにそっと上がり込む事になるなんて。
家族の誰かに迎えられて、とか夢見ていた訳ではないけれど、今みたいに足音を立てずに階段を昇るような真似をしている想像はした事がない。

「ここ……だよな。あー……あかり大丈夫か?」

二階に上がった一つの扉には、分かりやすいドア飾り。小さくノックして扉を開けると、初めて見る、例えるならスイーツのような、甘い香りでもしそうな。そんな雰囲気の部屋。

「瑛くん…。ごめんなさい。」
「バカ。俺のが移ったんだから気にする―――な…。」

自分の部屋とは違う女子らしい部屋に一瞬怯みながらも、平然さを装う俺の目に飛び込んで来たのは、胸元まで掛け布団を下げベットに横たわるあかり。

熱で頬は赤く上気し、心無しか瞳が潤んでいる。パジャマだろうそれは、どう見てもタンクトップ。いや、正直に言えば下着っぽく見えるもの。

よりによって、その表情でそんな格好だなんて。

看病どころか俺の理性が保てるのか―――?

軽い目眩を覚えながら俺はその場で立ち尽くした。

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