19.

お説教が終わった部屋の中は安堵と笑い声に満ち溢れていた。
まだ光りに慣れない目を細めながらも辺りを見渡し、どうやら気付かれてはいないようだとホッと息を吐く。
私の身なりは布団を出る間際、瑛くんにきちんと整えられていて、見た目にはきっと変わりはないのだろう。それでも汗ばんだ自分からは普段とは違う香りが登っているような気がして、髪を手ぐしで整えながら力の入りきらない身体でゆっくりと立ち上がった。

「えっ…と。そろそろ戻るね?また先生が来るかもだし。」
「………………。」
「な……に?」
「……顔が赤い。」

見上げる瑛くんがじっと私の顔を見つめ、ぼそっと呟く。その何事もなかったような涼しげな表情とは反対に、自分はと両手で頬をぱちんと隠しハタと気付いた。

「―――!!それは瑛くんがっ!」
「バカ。声がデカいんだよ。」
「だ、だって!」
「素知らぬ顔してたら分かんな―――あ!針谷!」

意地悪く笑った瑛くんが大きな声でハリーを呼び片手を上げた。頬を隠しながらもつられて振り返ると、部屋の真ん中ほどに胡座で座り込み、なぜか大爆笑しているハリーがいて瑛くんの声に顔を向けた。
人一倍声の通るハリーが笑っているという事は、見つかったのはハリーではなかったようだった。

「ウッス。さっきのはヤバかったよなー。オマエらは大丈夫だったのか?」
「バカ針谷じゃないからそんなヘマはしない。それより、こいつら送ってかないとマズいだろ。」
「テメェ…オレはハリー様だって―――。あー、それもそうだな……苗字――行くぞー!」

お説教が終わり緊張感が切れた周りの生徒の声が大きくなり始め、次はお説教だけでは済まなさそうな事は私にも分かった。
「おやすみ」だの「また明日もあるからな」だの夜の挨拶を、曖昧な苦笑いで返しながら部屋を出る。廊下は部屋とは違い少し空気がひんやりとしていて、火照った身体が少しずつ冷えていくのが気持ちいい。

さっきまでの事がまるで嘘みたいに静かで独特な雰囲気を漂わせる廊下をハリーと並ぶ苗字さんの後ろに着いて歩いていると、隣を歩く瑛くんが目の端から姿を消した。
どうしたのかと顔だけで振り返り瑛くんの姿を追う。左手をポケットに入れたままの瑛くんは不自然に歩みをゆっくりさせていていて、なにかあったのかと不思議に思い一度立ち止まる。

「どうしたの?」
「いや?なんとなく?」
「なんとなくって…ハリー達、いっちゃうよ?」
「……―――なんだよな。」
「――?なあに?」

ふぅと大きく溜め息をついた瑛くんの歩調に合わせ再び歩み始めながら、ぶつぶつと不満そうに呟く声を聞き取ろうと身体を寄せ、耳を近づけようと前を向いたままで頭を傾けた。

「……足りないから、どっか行ってシようか。」
「――――っ!!!」
「………ぷ。冗談。顔、タコみたいになった。」
「―――ぅ。てる――っ!」
「ほら、あいつら待ってるから早く乗って。部屋に戻るまでに先生にバレるなよ?」

不意に耳にかかる暖かい空気と柔らかいもの。それが瑛くんの唇と気付いたのは、低い声が頭の中に響くと同時。瞬間的にぼんと顔が熱くなる。

文句を言いかける間もなくくすくすと笑う瑛くんに背を押され、エレベーターの前で待つハリーの横をすり抜け中に入る。苗字さんは不思議そうな顔で私を見つめ待っていた。

直ぐ様閉まりかける扉を振り返ると、まだポケットに手を入れたままの瑛くんが明後日の方を向いたまま肩を揺らし続けているのが少しだけ見え、ガコンとエレベーターが動き出す。
しっかりと文句が言えなかったモヤモヤする感じが込み上げてきて、頬を思いっきり膨らませた。
すぐに到着を告げるエレベーターの衝撃と開く扉。
一歩足を踏み出すと同時にポケットの中でブルブルと携帯が震え、それを取り出しながら部屋が違う苗字さんに手を振り小声で別れを告げる。

「―――はい。」
「俺。さっきのはちょっと本気。」
「――――!!もう!そんな事ばっかり!」
「あはは。で、明日も同じ時間だからな?寝ぼうするなよ?」
「あ…明日もいいの?」
「当たり前。じゃあな?」
「うん!おやすみなさい。」

さっきと同じように静かな廊下を一人歩きながら、ぱちりと携帯を閉じる。半分怒っていた気持ちは何処かへ飛び、浮き立つ気持ちでいっぱいな自分に少し呆れ苦笑いを浮かべた。

なんだか色んな事が次から次へと起こっているけれど、本当に絶対忘れられない修学旅行になってると。そう思うのが私だけなんてちょっと悔しいけれど。
瑛くんにとってもそうなってたらいいな、なんて思いながら自分が泊まる部屋の扉を開けたのだった。

恋は後からついてくる
<番外編>
恋は砂糖で出来ている
〜END〜


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