おまけ

………あれは反則だろ。

男子生徒が使う階に降り立ち足を止める。このままでは部屋へも戻れないと素早く体操服のズボンの中に手を入れ、俺自身の位置を直した。

死んでも本人には言わないけど、針谷達のおかげで思ったよりも長くあかりと一緒にいられた。
そうなると人間欲が出るらしく、寝る前に声が聞きたくなって電話して。気を利かせた本人が思ったより近くにいて。
二人が同じように人気がない場所を探して辿り着いたって分かったら、少しくらい顔を合わせてもいいんじゃないかって思うのは当然だし、人気がないんだからキスくらいしてもとか、少しくらい触れても…なんて思うのは、男だったらごく自然な事だと思う。

……それにしても……あかりの堪える声とか、俺に反応して首筋をまさぐる指とか身体とか…こうならない方が絶対おかしい。

「……はあ。俺、正直すぎ…。」

格好つけてあかりの元から去ったものの、まだ熱を持ったままの自分自身が鼓動する痛みにそこから一歩も動けず溜め息をつく。

携帯がタイムリミットを告げなかったら、あのままあそこでしてたかも、とか思うと、自分の堪え性のなさが情けなくもある。

―――そんな事したら、あのバカ達と同じだって。

思い出したくもない教室での一件がなぜか頭を過ぎり、もう一度溜め息と共に肩を落とした。

「―――あー!いたいた!おーい、さえきー!?」
「…………?ゲッ――!」

ふと呼ばれた自分の名前に俯いていた顔を上げる。たった今、頭に浮かべたそのバカの一人が前方から満面の笑みで伸ばした手を大きく振りながら駆け寄って来るのを、思わず素の自分で嫌な顔を浮かべてしまい、慌てて表情を取り繕った。

「……やあ、松本くん。どうしたの?」
「いやあ〜、ずーっと佐伯に礼を言わないとって思っててさ〜。」
「……別にそこまでしてもらわ――。」
「いや!それだけじゃなくてさ。ついでにあやかりにと草場の陰から見守ってもらおうかと!」
「……意味が分からないから。」
「とにかく!ついに実行の時が来たんだよ!だからさ………これ。無事に成功する事を祈っててくれないか?」
「……実行って……ホントに?」
「ああ、俺はヤる。佐伯先生の名誉にかけて!」
「いや、ちょっと、それは――!」
「おっと、消灯の時間だ。じゃあ、必ず念を込めてくれよー!」

"おまえ、部屋は俺と同じだろ。"と"すべての言葉の使いどころを間違ってるぞ"と"迷惑だから止めてくれ"というツッコミを入れる暇もなく、人差し指と中指を揃えて立てた松本が『あばよ』とでもいうように合図し来た廊下をまた戻る。

……やっぱりバカはバカのままだ。

まるでスキップでもするように去っていく松本の背中に溜め息をつき、さっきそっと手渡された物に目を落とした。

―――お守り……?

朱色に銀の糸で細工が施されたそれは、正月になると毎年あかりと初詣でに出かける神社のもの。やっぱり意味が分からないとなんとなく摘んでみると、ふかとした違和感。

―――なんか…入ってる……?

首を傾げながら通された白い紐の隙間に指を入れ触れたビニールのようなプラスチックのような分からない物を引っ張り出した。

「………ブッ―!!」

やけにケバケバしい紫色のそれは紛れもなく避妊具。
天井の明かりに反射し、キラキラと輝いていた。

「……あいつ、やっぱり救いようのないバカだ!」

いったいどういうつもりでお守りの中に忍ばせたのか皆目検討もつかない。
思わず吐き捨て、そのふたつを片手に纏めるとベシリと床に叩きつけた。跳ね返りながらくるりとひっくり返る厳かな朱色のお守り。

―――安産御守―――

紛れも無くそう書かれた銀糸の文字に投げ付けた格好のまま開いた口が塞がらなくなり固まった。

死んでも治らないバカとはアイツの事を言うんだ…絶対に。

神様なんていない。よって、これに何か特別な摩訶不思議な力があるとは思えない。
それでも、例え外袋だけとは言え、御利益があるとかないとか云々言われているそれを床に投げ付けたままなのは罰当たりかと腰を屈めてのろのろと拾い上げる。

バカを相手にしたせいで、すっかり身体の熱も下がってしまった。
拾い上げたそのふたつをどうする事も出来ず、またもそもそと袋の中に戻す。
まったく意味のない行為になんだかどっと疲れた気がして大きく肩を落とし呟いた。

「……まだ修学旅行の1日目だぞ…。これ、ずっと俺が持ってなきゃいけないのかよ…。」

見つからないようひた隠しにしなきゃならない残りの数日を頭に浮かべる。もしかしたら考えていたよりも楽しくなりそうだと思い始めていたのに。

「………あ、消灯時間……。」

そういえばと思い出し重い足取りで宿泊する部屋へと戻りながら、体操服の尻ポケットにそれを突っ込み、ハタと思い直してサイドのポケットに入れ直す。
うっかり落としてしまわないように。

そして落とさないようにとここに入れた事が吉となり、あのバカに軽く感謝したりする事を、疲労感に満ちたこの時の俺には想像もつかないのだった。


修学旅行第一日目
9月17日pm22:25

恋は砂糖で出来ている<おまけ>
END


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