8.

「ッんだよ、カリカリしやがって。せーっかくこの、オレ様が、殺伐とした空間に癒しをもたらしてやろーってのによ。」

「だ・か・ら。いちいち言葉を強調させるなバカ針谷。」

「あー、ヤダヤダ。誰かサンのオウジサマはご機嫌ななめだぜ?どうよ?あかり。」

「………は?あかり…なん…?」

「なーに鳩が豆鉄砲食らったツラしてんだ?だから言ったろ。この、ハリー様が、癒しを与えてやろうってな。っつーわけで、今からハリー様と呼ぶように……って、聞けよ!」

上擦ったように高くなる声と同時に、閉められようとしていた扉が勢いよく開かれる。
ドアと壁に挟まれないように慌てて横へと一歩踏み出すと、驚いたように目を見開き見下ろす瑛くんと視線が合った。
じっと見つめる瞳に益々鼓動が強くなり頬が赤くなるのが分かる。自分でも挙動不審だとは思うものの、つい愛想笑いのような笑みを向けていた。

「なん…?」

「だーかーら、癒しだっつーの。または陣中見舞い的か?ホレ、たんまりあるからエネルギー切れにはなんねーぞ?」

「……え?あ……ああ。」

「…え?…え?」

―――なんでここに―――。

そう聞きたかったのだろう。小さく動きかける唇を止めるように被さる声。そして、ガサリと音を立てるビニール袋と、ぐいと込められる力。遠慮も配慮も知らないハリーは私が持つお菓子入りの袋を引っ張りながら瑛くんの押し退けて扉を超えた。
見上げたままだった私は当然ハリーの力に抵抗も出来ず、同じように瑛くんの脇をすり抜け未知ともいえる男子部屋へと足を踏み入れていた。
そして、廊下から聞こえてきた何かがぶつかるような、誰かが暴れているような音の理由を知るのだった。

「あ。危ない!!」

「え?わっ!!」

視線を上げる前に聞こえる声と同時に視界に飛び込む真っ白な固まり。いったい何が起こったのかも分からず、ただ危険を感じ条件反射で目を閉じて両手で頭を抱える。
自分の腕にぶら下がったビニール袋の擦れる音とは違う衝撃と乾いた物が擦れたような、真近くで聞こえる不思議な音に恐る恐る目を開けて伺い見た。

「……ま、くら…?」

「昨日言っただろ?お約束って。あいつら枕投げやってるんだよ。」

目の前で瑛くんに受け止められているそれは、紛れもなく長方形の枕。
アイロンを当てられピンと伸ばされているはずのカバーはヨレヨレになって真ん中の方でくしゃくしゃになっていた。
よくよく辺りを見渡すと何人もの男子生徒の手には枕が持たれ、二つの部屋の真ん中に仕切られた襖が外されて敷居の上に一列に並べられた鞄が境界線になっている。そしてそれを境に枕が勢いよく飛び交っているのだ。
その中の一人が瑛くんの手にする枕を投げたのだろうか。
右手を”ごめん”と謝るように立てながらも左手は催促するように掌を向けていた。

「―――来て。こっち。」

軽く振りかぶった瑛くんの手から離れた枕が直線状に軌道を描く。もう少し穏やかに返されると思っていたらしい彼は驚いたような声を漏らしながらそれを胸元で受け止め、跳ね返って落ちかけた枕を落とさぬように上げていた両手を下ろして抱き止めている。枕に視線を追わせ無意識に頭を抱えた私の腕をぐいと掴んで引っ張る力に我に返りよろける身体を支えた。
部屋の隅に乱暴に寄せられた布団の僅かな隅をつま先で出来るだけ踏まないようにつんのめりながら続く。一番奥の押し入れの手前には、重みのある立派な和のテーブルがひとつは普通に置かれ、ひとつはついたてのように横向きに立てられていた。

「早く座れ。ボーっとしてるとまた飛んでくるぞ?」

「は、はい!」

「佐伯、まさかずーっとここにいたんじゃねーよな?せっかくのバトルだぜ?」

「俺は。あんなガキみたいな遊びはしないんだよ。」

「けっ、言ってろ。オレ様は勝負師だからいっちょ派手に暴れてくっかなー?おう、オメェも来いよなー。」

「んー。そうだね、面白そうだし。ハリーの運動神経じゃ心配だし加勢してあげよっかな?」

「苗字…てめぇ…オレ様の必殺技見て驚くなよ?」

部屋の一番奥から見るくしゃくしゃになった布団を気にも留めない男の子たちの普段あまり見ないくらいのはしゃぎように唖然と見つめていると、顔の横を枕が通り過ぎ押し入れにぶつかり落ちた。転がった枕に視線を追わせるも、瑛くんのたしなめる声に慌ててその場に腰を下ろす。
後ろから着いてきていたハリー達はテーブルのついたてから顔を覗かせていたけれど我慢出来なくなったのか、二人していそいそと出て行きちゃっかりと枕投げの輪の中に入っていた。



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