「へぇ…こういう使い方もあるんだな。…なるほどな…。」
「すごく…美味しいね?それに…きれいな色…。」
「生地の抹茶がクリームと黒豆の甘さを抑えてるんだな。それに器の黒がケーキを引き立ててる。この場所にも似合ってるし…なかなかのものだな。」
ハリーから逃げるように向かった先は、趣のあるまるで民家か旅館のような佇まいの喫茶店。京都らしい立派な門にぽつりと置かれた看板がなければ、きっと気付かずに通り過ぎてしまいそうな店だった。
一面がガラス張りの窓の外は団体行動で巡ったお寺の庭と変わらないくらい手入れされていて、店の中の照明がなくても十分に明るく、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
そのためか大人の女性客が多く、また微かにしか聞こえてこないBGMもなんだか私には場違いな気がしてつい声を潜めて瑛くんの独り言のような呟きに応える。
そんな思いを知ってか知らずか、身を寄せたり引いたり、器を持ち上げてまじまじと顔に寄せて眺めたりまたケーキを口に運んだりと忙しく、私に顔を向けようともしない。
――――ーそんなに美味しいなら普通に美味しいと言えばいいのに。
時々学校帰りに敵情視察という名の新作ケーキ試食巡りの時と同じ、熱心な瑛くんに小さくため息を吐き、少しだけ身を小さくさせながら自分の目の前に置かれたケーキをもそもそと口に運んでいた。
「さすがにあいつらもここまでは来ないな。…まったく、せっかくの修学旅行なんだぞ?いつまでもチーパッパしたくなんかない。」
「瑛くん、それは言い過ぎだってば。ハリーと苗字さんがいなかったら、こうしていられなかったんだし…。」
「そんな事ない。あいつらがいなくても……。」
「親衛隊の女の子達、なんとか出来た?」
「あたりまえだろ。」
「いつもできないのに?ホントに出来た?」
「あたりま……。…つーか、なんか絡むよな。どうかしたのか?」
研究でもするように熱心にケーキと睨めっこしていた瑛くんが顔を上げたのは、コーヒーが冷めるという私の一言だった。
すっかり冷めてしまったコーヒーに眉を寄せながらも、カップに口をつけ漸く私と向き直る。
新幹線の中でもガイドブック片手に楽しみにしていたのは分かっていたけれど、せっかく見知らぬ街、知り合いも居ない店でゆっくり話せると楽しみにしていた私はいつの間にか瑛くんに八つ当たりしていた。
静かな店内につられるように抑える声が余計に不機嫌そうに聞こえたのか、背もたれに身を預けていた体を前のめりにさせ真っ直ぐ私を見つめる。
さっきまでの距離が突然半分程になり、相変わらず整った顔が間近に迫りドキリと心臓が高鳴った。
その鼓動に合わせたように熱が自分の頬に集まるのが分かる。
動揺を悟られたくなくてソーサーの上のカップを両手で包み軽く回してみると、少しだけ残ったコーヒーが円を描くようにくるくると回り揺れた。
2.