だって、見つかったら瑛くんが―――。
お店と学校を両立させて毎日頑張ってるのに、こんな事で台なしにしちゃうのはダメ。
受け入れてしまいたくなる気持ちに蓋をし、持ち上げられた顎に触れる指先を片手で握り、もう片手で胸元をそっと押し戻す。
そんな私の心が通じたのか、軽く触れた唇がそっと離れ間近で瑛くんがじっと見つめた。
瞳の奥まで、私の心の奥まで探るような独特な色。
隠した気持ちまで覗かれているような気恥ずかしさと、ずっとこうやって抱きしめられていたい気持ち。
そして、もしかしたら今にも誰かに見つかるような焦り。
色んな気持ちが混ざり合って、目が泳ぐ。
「そういえばさ、さっきメールで言ってたの、なに?」
「――え?…あ、あれ?……今日…色んな所、回ったでしょ?資料の空白にガイドさんの説明とか感想とか書いてたんだけど…どれがどの場所か分からなくなっちゃって…。」
ゆっくりと顔を離し、隣り合う瑛くんの回す手が、顎から頭へと動く。
さりげなく会話を変えながらも、私の気持ちが分かってるとでもいうようにそっと髪を撫でる掌は大きくて優しく、そして心地がいい。
「プッ…目印とかつけなかったのか?」
「……気付いた時には最後の方だったんだもん…。」
「バカだなー…。しかたない、帰ったら手伝ってやる。」
「ほんとに!?」
「ああ、ホント。そのかわり、明日の甘味屋はあかりのおごり。」
「ええっ!?……う…、しょうがないよね…レポート出さなきゃだし…。…わかったよ。」
遠くに聞こえる笑い声が、シンとした階段とは対称的で、よけいに二人きりなんだと実感する。
包み込まれた背中は瑛くんの体温を感じて暖かい。
他人が聞けばたわいなのない会話でも、勝手に諦めかけた私には楽しくて仕方なく、時間も忘れてしまうようだった。
「あ、そろそろ消灯だな。……いい加減静かになってるといいんだけど。」
「そういえば…騒がしくて逃げて来たんだっけ?」
「……ったく、ガキじゃあるまいし、これが毎晩続いたら…。」
携帯の画面で時間を確認し、さもウンザリと眉を寄せて立ち上がる瑛くんに促されるように、手を取られて立ち上がる。
なんとなく離すのがもったいない気がして、半階分の階段を手を繋いだままゆっくりと下りた。
「……じゃあ…また明日な?…おやすみ。」
「……おやすみなさい。また明日ね?」
瑛くんも同じ気持ちだったのか、握った掌を一度だけぎゅっと力を込めてそっと離す。
くしゃりと頭をひと撫でし、男子部屋になる階下に下りて行く後ろ姿を見送った。
やっぱりなんとなく寂しいけれど……明日は楽しい1日になればいい。
誰もいなくなった階段を見つめ、そんな事を考えたのだった。
END