―――はらり、はらり。

柔らかな風に乗って舞う。

実際にはそんな事ないはずなのに、むせ返るほどの香りがするような気がしているのは目の前で舞い散る桜吹雪のせいだろう。

白ともピンクとも言い難い文字通り桜色の花弁が踊る中、くらりと目眩がして傍のベンチに腰を下ろす。

手の平を差し出してもすり抜ける桜の花びら。くるりくるりと舞うようなそれは誰かさんに似ていて……。

追い掛ければ逃げていく。

捕まえたくても捕まえられない。

焦れば焦る程広がる距離は、自分との関係を物語っているようで。

諦めてしまえば楽になるのか。

いつまでも、過去に捕われている自分が悪いのか。

そもそも、今のこの気持ちが幻想と同類なのか。

強く吹き抜ける風で現れた目の前の景色に、自分の心を重ねる。

まだ…待つ事が出来るんだろうか。

俺が誰だか気付くまで…あの約束が果たされるまで。

時々折れそうになる心を二文字だけの呪文で支えて。溢れそうになる言葉を無理矢理飲み込んで。心の中ではいつも大きな声で叫んで、そして祈るように願って。

違う意味での仮面を被り続けている。
他の誰にも見せない硝子の仮面。

―――いつか…それすらも取り外せる日がくるのだろうか。

見上げる空は春にしては珍しい水色。
高く遠く…そして広く。
まだ未来に希望がありそうな…柔らかな青。

深く深く…いろいろな思いを飲み込むように深呼吸する。

まだまだ…大丈夫。抱きしめている全てのものを、一つたりとも零したりしない。

「ごめんなさい!瑛くん、待った?」

掛けられる声に顔を下ろせば、夢のような風景の中から現れる…たった一人の…あの少女。

最初で最後。叶えたいあの夏の約束の……。

「いや?俺もさっき来たばかりだし。」

「……もしかして、具合悪いの? ベンチに座ってるし。」

「あぁ、桜、見てただけ。じゃあ、行くか。」

「うん。行こう?瑛くん」

差し延べられた小さな手に、ありったけの願いを自分の手の平に集め重ねる。

逃げないで、俺に気付いて。

俺の心ごと……全部捕まえて。


桜舞い散る時
11.05/03

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