年に何回か。どうしても学校に行きたくない日。
体育祭、誕生日、文化祭、クリスマス。…そしてバレンタイン。
普段以上に女子達に囲まれるその日は、いつも以上に顔の筋肉を全身から総動員させてる気分で。
今年も朝から笑いたくもないのに愛想笑いをして。それが終わってからも、店でもうわべだけのありがとうと笑顔で。
大好きで大切な店なのに今日ばかりは休んでしまいたい気持ちになる。
それでもなんとか均衡を保っていられるのは…。
「うわぁ…今年も凄いね。え、と。あとちょっとだから…頑張れ?瑛くん。」
「ったく…人ごとだと思って。」
「いたっ!も〜チョップはなしだって!」
「馬鹿な事ばかり言うからだ。」
二人して休みなくホールを回る間、カウンターに戻る俺とホールに出るこいつとこっそり言葉を交わす。
――自分に戻れる一瞬だけど貴重な時間。
いつもよりも忙しく、そしていつもより長い時間の後、ぐったりとしながら店の片付け。
「…さすがに疲れた…」
着替えに戻った薄暗い部屋の中、力無くベットに腰掛ける。
トントンと軽いノックの後、躊躇いがちに顔を覗かせ苦笑いしながらコーヒーを差し出す。
「今年もお疲れ様でした。はい、愛情たっぷり技術いまいちコーヒーです。」
「プッ…なんだよ?それ。」
「だって、瑛くんのコーヒーに勝てる訳ないでしょ?勝てるところがあるとすれば…」
『それは愛だけです』得意げに胸をはりながら近付く姿に笑いながら、受け取ったコーヒーを一口飲めばいつもと違う……。
「あ、さすが瑛くん。香りを引き立てた、身体に心地いい配合です。マスターに手伝って貰ったの。」
「ふ〜ん。お前も考えてるんだな。…で、他にもあるだろ?」
「……なにが?」
ほらと手を出す俺にきょとんと首を傾げる。
その顔は真剣に分からないと書いてあって……。
静かにコーヒーをベットに乗ったトレイに置き右手を繰り出す。
「何って今日はバレンタインだろ!チョコ以外の何があるんだよ!」
「いたっ!だっ、だって去年渡した時、チョコはウンザリって言ってたじゃない!だからいらないんだって!」
「ばっ!いらない訳ないだろ!あんなの真に受けるなよ!」
怒鳴る俺を見つめた後『瑛くんは素直じゃないよ〜』と頭を摩りながらトレイを机に運ぶ。
確かに去年そんな事言った記憶はあるし、今日までにだって文句ばかり言ってたけど、それは他の女子から貰うチョコって意味で、大切な人から貰うチョコとは別じゃないか。
ブツブツと呟く俺の隣にちょこんと座り顔を覗き込む。
「ごめんなさい。チョコはないけど…代わりになる事ってある?何かあるかな、瑛くんがして欲しい事。」
薄暗いせいで、俺の表情を読み取ろうといつもより近付く顔が息の触れそうな距離で。
ふわりと香る甘い香りが、チョコなんかよりも数倍甘そうで…。
思わず手を伸ばしベットに倒れれば驚いた顔で俺を見下ろす。
「…俺がして欲しいのは…お前がこのまま一緒にいる事…かな?」
「このままって…この体制で?それは…ちょっとキツイ…かな?」
「ちっ、違うだろ!そういう意味じゃないだろ!」
「ふふっ……冗談。いいよ?チョコよりは甘くないかもだけど。」
耳をくすぐる甘い声と甘い温もり。
今年は去年とまったく違うsweet day。
――Sweet Happy Valentine's Day――
Sweet day 瑛×主
11.05/03
11.05/03
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