14話 ラズベリー

「出水くん、あのね。私は君の事が好きだよ」

 それはよく晴れた屋上。咲き誇るにしても散り行くにしても丁度良いと葵は思った。

 もう悩んだって仕方ないんだから、伝えてしまおう。出水は自分の事など何とも思っていないかもしれない。でも、伝えなければ意味はないのだと、そう思ったのだ。だから話があると言って葵は出水とこの屋上へ連れ立ってやってきた。

 出水はと言えば、席も隣なのだし何故屋上に行かなければならないのか分からず、ただ単純に何か悩みでもあるのかと思いそれなら自分なりに聞いてやろうとついてきただけ。だから、澄んだ空の下向き直って言った葵の言葉に、ただ単純に虚を突かれた。

「え、は?」

 出水の反応は、葵が思っていたのとは少し違うものになった。葵としては断られるか受け入れられるか、二つに一つと思っていたのに、目の前の出水は酷く動揺していて。

「え?」
「おれの事……好きだったの」

 つられて葵も狼狽える。しかも出水から発せられた次の言葉に、やっぱり気づいていなかったにかと少しだけ安心したりもした。自分の認識が間違っていなかった事に、だ。
 どうせ言ってしまったのだ、とことん突き詰めてやろうと葵は言葉を探す。なあなあになるのが一番嫌だ。

「どうして?」
「いや……」
「ん?」

 神経が図太くて良かった、と葵は思う。己の繊細さには気づいていない。気付いていないからこそのこの振る舞いである。さておき、唸りながら言葉を濁す出水の様子が段々面白くなってきた。

 出水にしてみればたまったものではないのだが、助け船を出してくれる人物はここには居ない。否、頼るべきではないのだ、それを出水もわかっている。だからこちらはこちらで、もう全て吐露してしまおうかと思った。

「……米屋の事好きなんだと、思って、た、から」

 途切れ途切れになりながらも、出水は考えていた事を伝える。我ながら情けない、と思う。まさか矢印が自分に向いているなんて思っていなかったのだ。まるで逃げてきたツケが一気に回ってきたような。

「……ほう」
「ほう?」

 葵はううむ、と考える素振りを見せる。ただのポーズだ。先の通り、葵はもうこのやり取りそのものを楽しんでいる。どうなっても悔いはないと、割り切っている。かといって振られてしまうのは悲しいのだが。

「私が好きなのは出水くんです」
「嘘、だろ」

 真っすぐに伝えられても出水はまだ言葉を受け入れる事が出来ない。傍から見れば両片思いの二人だしさっさとくっついてしまえばいいいものを、当の本人たちが気づいていないのだから意味がない。
 こればかりは葵とて先が見えなかった。どうせ成績上位を保てる頭ならこういう時に働いてくれればいいのにと思う。でも結果が分からないから、こうやって楽しめるのかもしれないとも思った。

「本当だよ。なんで嘘つかないといけないの」
「……真面目に?」
「私そんなに信用ないかな。ちょっと落ち込む」

 尚も信じられないといった風の出水に、葵は冗談交じりで本心を告げた。屋上に来て第一声を発してから、葵は本当に思っている事しか口にしていない。言い方は別として、だが。信憑性がないだろうか。

「あ、わりい……」
「それは、告白の答え、かな」

 出水は謝罪する。葵を疑った事についてだ。だが葵が別に受け取ったようで少しだけ顔に陰りが見えて、しまったと思う。

「ちげえ! そうじゃなくて……」

 だから慌てて否定した。自分の対応力のなさに落ち込む。葵はしっかり聞こうとしているようで、真っすぐに出水の方を見つめている。正直、視線が痛いと感じた。自分ばかりこんなに慌ててみっともないと。少しは格好いいところを見せたい、と心の中の出水は言う。だが現実はそう上手くはいかない。

「うん」
「……サンキュ。おれも、遠野の事、良いなと思ってた」

 ああみっともない、みっともない。だがこれが精一杯だ。誰か褒めてくれと出水は思う。だか葵はそれだけでは満足しないようで、その更に一つ上を求めてくる。

「それってつまり?」
「あーもう、好きだって、はっずいなこれ!」

 だから半ばやけくそでそう口にした。顔が熱い。こんな顔、見られたくない。そう思っても二人は向きあっているのだから丸わかりだ。それが余計出水の顔を赤くさせる。
 だがそこで、葵は逃げるように俯いた。

「……」
「遠野?」
「……はずい……」

 どうしたのだろうと出水が名前を呼べば、葵が蚊の鳴くような声で呟く。
出水は好きだと言った。それは葵が待ち望んだ答えだった。手放しで喜ぶべき所だ。しかし、対応出来なかった。頭が回らない。ただ自分が好きだと言った時よりも何倍もの羞恥心に見舞われて、きっとそれは丸わかりで。

「お前が言えって言ったんだからな!」

 責めるような出水の言葉も、葵には愛おしく感じる。ずっと思い続けてきたのだ、もう少し噛みしめてもいいだろう。

「ふふふ、甘酸っぱい」
「何なんだよ……」

 顔をあげて出水の事を見る葵。恥ずかしそうにしているその姿に、ああ同じだと安心した。今、葵と出水は感情を共有しあっている。

「出水くん」

 葵は出水との距離を確かめるように一歩、二歩前に進む。段々近づいて行く二人。唇を合わせる勇気はない。葵は出水の手を取った。出水の右手と葵の左手が重なる。

「……有難う」

 こんなに幸せな事はない。二人は並んで屋上を後にした。

 隣の席には変わった女子。遠野葵。よく笑う奴だ。遠野には傍から見ても友達が沢山居る。休み時間の度に友人たちとワイワイ話しているのを、おれは隣の席から見ている。彼女になっても、それは変わらない。ただ少し、距離が縮まっただけ。

 隣の席には好きな男子。出水公平くん。ボーダーに所属しているのでよく早退する。一度そんなに大変なのかと聞いた事があるけれど、出水くんは皆こんなもんだと言っていた。けれどこの学校には他にもボーダーの隊員さんが沢山居て、出水くんはその中でも忙しい方だというのは見てとれた。彼氏になった今でも、それは変わらない。ただ少し、我儘を言えるようになっただけ。

 右手と左手が合わさる事が多くなった、それだけだ。



[ 14/15 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]