とある乙女の華麗なる日常 | ナノ
dream3


side 零

三年の奴らに呼び出された帰り道、暗い中庭を壱縷と一緒に歩く。
月は中天に差し掛かり、深夜が近いことを表していた。


「もう、上級生相手に無茶するからだよ」

「あいつらが悪いんだろ」


不意打ちを喰らった頬の傷がズキズキと痛む。
年下相手に六対一とかダサすぎるだろ。
まぁ、師匠の地獄の修行に比べればあんなの準備体操にもなりはしない。
そもそも『オレの女に手ぇ出しやがって』 なんて言われても全く身に覚えがないのに迷惑な話だ。


「俺が行かなきゃどうなってたか…」

「俺一人でも勝てた」


ぶつぶつと文句を言う双子の片割れの口元にも同じような傷が出来ていた。
こいつには黙って部屋を抜けて来たのに、いつの間にか喧嘩に加わってあっさり二人ほど倒していたから驚きだ。
昔はハンターとしての将来が危ぶまれるほど病弱だったけど、今となっては体も力もだいぶ強くなったと思う。

その時、真上から吸血鬼の気配がした。
咄嗟に壱縷を背に庇いながら身構える。


「――――誰だ!?」


淡い月光が照らす中、重力をまるで感じさせない足取りで俺達の前に舞い降りたのは白い制服を着た少女だった。
ふわりと、見る者を惑わす蠱惑的な笑みに思わず思考が停止する。


「やぁっと会えた……零。それに、壱縷」


鈴を鳴らすような声が誘惑するように俺たちの名前を呼ぶ。
夜風にそよぐ艶やかな黒髪、長い睫毛に縁取られているのは吸い込まれそうな深紅の瞳。
人間離れした恐ろしいまでの美しさ――――。


「お前は……っ」


忘れもしない、数年前の修行中に出会ったあの女だ。


「何故こんなとこにいる!?」


俺だけではなく壱縷のことも知っているなんて。
本当にこいつは何者なんだ。


「私、夜間部生なのよ」


そう言うと少女はくるりと回って白い裾を翻した。
羽が生えているかのような軽やかな動きは、吸血鬼というより月の精とでも言われた方が信じられる。


「あ、夜間部って今年から出来たんだけど……」


『夜間部』のことはもちろん知っている。
酔狂なあの理事長バカが作ったという吸血鬼たちの教育機関だそうだ。
"吸血鬼と人間の平和的共存"なんて目的で設立されたらしいが、吸血鬼あいつらがそう大人しくしているとは思えない。
実際、俺たちはその保険のためにこの学園に呼ばれたのだから。


「零、この子のこと知ってるの?」


突如現れた少女と俺の様子を見て、壱縷が怪訝そうに尋ねた。


「それは……その……」


知っているというか何というか……。
あの夢とも幻ともつかない出会いを何と説明すればいいんだ。


「あら零、忘れちゃったの?前に会ったでしょう?」


すると少女は悪戯めいた眼差しで俺を見つめた。
その目に捕らわれた刹那、耳元で甘い吐息が囁かれる。


「――――夢の中で」

「なっ……!」


闇の中で紅い瞳がゆらめく。
その形の良い唇がゆっくりと開かれ、小さな牙が鈍く光る。
逃げなければいけないのに身体が動かない。

いっそ永遠に、このまま見つめて合っていたいとさえ思うほどに――――。


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