とある乙女の華麗なる日常 | ナノ
dream3


「人工多能性幹細胞は体細胞に四種類の因子を導入することにより胚性幹細胞と同様に分化多能性と自己複製能を有するものであるが、この分化多能性とは個体は形成しないが三胚葉、すなわち内胚葉、中胚葉、外胚葉に属する細胞系列すべてに分化し得る能力を指し……」


夜の教室で初老の教授が淡々と講義を行う。
確かに日本語を話しているはずなのに言葉の意味が一つも分からない。
周りの夜間部生たちは平然とした顔で聞いているけど、え、皆これ理解してるの?


「(ゆっきー、分かる?)」 


私はちらりと右隣の優姫にアイコンタクトでテレパシーを送った。


「(ちんぷんかんぷん!)」 

「(だよね!)」 


良かった、ゆっきーも分かってなかった!
一応、私たちの家庭教師だったロッテンマイヤーさんこと桐野塚先生の名誉のために言っておくと、年齢相応の勉強は一通りできるんだよ!
でも私たちまだ十三歳なのにこんな高度な内容理解できるかー!!

ダメだ…!このままじゃ睡魔という凶暴極まりない魔物に襲われてしまう!
対処する方法は……エスケープしかない。
だけど私のすぐ横には寮長兼クラス長のお兄様がいらっしゃる。
お兄様の目を盗んで逃亡するのはいくらなんでも不可能だ。

ちらりと左隣を見ると、お兄様は優雅に読書をしていた。
ああん!月光に照らされたその横顔もすっごく絵になるわ!
すると私の縋るような視線に気付いたのか、くすっと笑ってゆっくり瞼を閉じる。
……これは目を瞑るよってことですね!


「(よし優姫、抜け出すよ!)」 

「(やったー!)」 


寮長様の許可はいただきました!
レッツ☆サボタージュ!

お勉強は苦手だけど、私たちだって純血種。
貴族階級である教授や夜間部生たちに気付かれないように教室を脱出するなんて朝飯前。
見事な双子のシンクロ率で、瞬時に気配を消して音速で廊下を駆け抜け校舎の屋上へと上がった。
心地いい夜風が頬を撫で、淡い月の光が中庭の木々にやさしい影を落とす。
こんなに気持ちいい夜なんだもん、教室に閉じこもってばかりじゃ勿体ないよね。


「んん〜〜っ、もうちょっとで寝ちゃうとこだったよ〜」

「あの先生の話、眠りの呪文みたいだったもんねー」


ぐぐっと伸びをする優姫に完全同意。
こっそり録音して眠れない朝に聞いたら即安眠できるかも。


「珠姫、何する?」

「眠気覚ましにちょっとお散歩しよっか」

「賛成―!」


すると風に漂って甘い香りが鼻腔をくすぐった。
同時に空気がざわつくような独特の気配を感じる。
これは……!!


「珠姫、この匂いって……」


初めての香りに戸惑う優姫をよそに私は全力で周囲の気配を探った。
まさかと思うけど絶対そうだ!華麗乙女のイケメンセンサーが間違いないと告げている!

――――ほらいた!!

標的は中庭!九時の方向にシルバーグレイの双子をはっけぇぇぇえええん!!!


「……見つけた」

「え、ちょっと、珠姫!?」


止める優姫の声も聞かずに、私はひょいっと屋上から飛び降りた。


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