とある乙女の華麗なる日常 | ナノ
episode16


―side零―

修行の休憩時間、湖のほとりで昼寝でもしようかと思ったらそこには先客がいた。
この山の中には不釣り合いな白いレースのワンピース。
風にそよぐ艶やかな黒髪、伏せられた睫毛。
天使のように綺麗な少女が眠っていた。

けれど、その気配は確かに吸血鬼のもの――――。

思わず見惚れてしまった自分を叱咤して、そいつを起こした。
事と次第によれば師匠のところに連れて行かなければいけない。


「おい、――おい、起きろ」


何度目かの呼びかけて開かれた瞳は、ハッと息を飲むような深紅。
吸い込まれそうなそれに呼吸を忘れた。


「……っ!」


顔に熱が集まるのが分かる。
くそっ、どうして吸血鬼相手に…!

ぼんやりと周りを見渡した少女は、もう一度俺に視線を戻すとその形の良い唇をゆっくりと開いた。


「……零?」

「なんで俺の名前を…!?」


心臓が大きく跳ねた。
どうして俺の名前を知っている?
確かに初めて会ったはずなのに?
動揺してしまった俺に、少女は甘い笑みを零す。


「ひみつ」


耳元でささやかれた鈴を鳴らすような声。
それは魔力を持っているかのように俺を絡め取る。


「そんなことより一緒に遊ぼう?ね、零」

「だから何で俺の名前を…っ」

「"秘密"って言ったでしょう?」

「答えになってない」

「女は秘密を着飾って美しくなるものなのよ」


あまりに艶やかに少女は微笑む。
俺と変わらないくらいの年にしか見えないのにどこからそんな台詞が出て来るんだ。
でも、その愛らしい外見と妖艶な中身のアンバランスさがあまりに蠱惑的だった。

すると少女はふいに湖の方に視線を向けた。
まるで誰かに呼ばれたかのように。


「……もう行かなきゃいけないみたい」

「は……?」


そして一歩的に別れの言葉を告げる。


「じゃあね、零。また会いましょ」

「ちょっと待て――!」


手を伸ばした瞬間、そこに少女の姿は無かった。


「……消えた?」


なんだったんだ、今のは。
白昼夢や幻にしてはあまりにはっきりしすぎている。
それに「また」って……


「何なんだ、一体……」


それは十二歳の初秋の日。
出会いはあまりに鮮やかに俺の胸に刻まれた。

そして数年後、俺は彼女の言葉の意味を知ることになる――――


―7/9―

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