◇お母様の銀の髪−1/1−
雪の降る日の昼下がり。ぱちぱちと薪の爆ぜる暖炉の前で、ふかふかのクッションに身体を預ける。
「太陽神ヘリオスが西の大地に沈む頃、月の女神セレーネが東の空に銀の車を漕ぎだします。その髪はまさに月光の輝き、長い裳裾は漆黒の空をやさしく照らし、夜の世界を守るのです」
お母様の声は歌うように滑らかで耳に心地よい。
紡がれるのは、きらめく神々たちの物語。
「ある夜、セレーネは美しい羊飼いのエンデュミオンを見つけました。金の髪に白い頬の、薔薇の蕾に真珠の露が散らばったような美しい青年に、セレーネは一目で心を奪われました」
けれど私は、美しい神代の恋物語よりも、暖炉の炎にちらちらと揺れるお母様の銀の髪に目を奪われていた。
「セレーネは眠るエンデュミオンの傍らにそっと寄り添い、その頬をゆっくりと撫で、彼の夢の中へと入り込みます。そうして、幾夜も幾夜も夢の中で甘い逢瀬を――――姫?どうしたのです?」
お母様は私の視線に気付き、ふわりと微笑んだ。
『だって、お母様の髪、とってもキレイなんですもの!月の女神セレーネみたい!……私も銀の髪がよかった…』
「お母様は姫の髪がとても好きですよ。黒檀色の艶やかな髪、貴女の白い肌がよく映えること」
『でも…』
「貴女が生まれた時、愛する陛下と同じ髪の貴女を見て私がどれほど嬉しかったか…。貴女のその髪はお父様から受け継いだものなのですよ。どうぞ誇りに思いなさい。……それに」
『なあに?』
「いつの日か貴女が結婚して、子供を授かった時、その子は銀の髪をしているかもしれません。私のこの髪もお祖母様から受け継いだのですよ」
『本当!?お母様!』
「さあ、どうでしょうね…」
お母様はそう言ってやわらかに微笑むと、月の女神と羊飼いの美しい恋物語を続けた。
あたたかな暖炉、ふわふわのクッション、キラキラと煌く銀の髪。
いつの日か私も、お母様がお父様に出逢ったように、運命の人とめぐり逢えるのかしら。
心ときめく物語、そしてめくるめく未来に思い馳せながら、私はいつのまにかゆるやかな眠りの中に落ちていた。
夢の中では小さな二羽の銀の小鳥が、可愛らしい鳴き声を上げていた。
貴方に出逢う、一つ前の冬のお話。
−END−
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