◇第四十九罪:赦し−8/9−
「父上、母上、俺たちのせいで長い間悲しませてしまったのでしょう。申し訳ありません」湖白は静かに頭を下げた。
『湖白、そんな……!私があなたに血をあげていれば……っ、いいえ、私があの夜にあなたを吸血鬼に堕とさなければこんなことにはならなかったわ……』
「母上、そんなことを仰らないでください。俺はあの夜、母上によって吸血鬼としての新たな生を与えられたんです。だからこそ皆と一緒に長い時を生きることが出来た。感謝しています」
『だけど……』
「母上、俺はある人から、『赦し』とは他の誰でもない自分が与えるものだと教わりました。自分を傷つけるのをやめて、苦しまない決意をすることだと。その言葉でようやく俺は自分を赦してこの場所に来ることが出来たんです。俺も湖雪も母上を責める気持ちなど少しもありません。ですからどうか、母上もご自身を赦してください」
自分を赦す…。
そんなこと考えたこともなかった。
でもそうか、私が私自身を赦せていなかったのだ。
「湖白、僕こそ君に謝らなければならない。……すまなかった」
「いえ父上、どうか謝らないで下さい。もし俺があの時、母上の血を飲んでいたら俺は自分を赦せなかったでしょう。そして恐らく父上も赦してはくださらなかったはずです」
「そう……かもしれない。けれど今、それをとても後悔しているんだ」
「いえ、あれで良かったんです。俺が愛したのは湖雪だけだと、はっきりわかりましたから」
『枢、湖白、何の話をしているの?』
「白亜、その……」
枢が焦ったように口ごもった。
どうしたのかしら?だって……
『湖白が湖雪を愛していることなんて、そんなのずっと前からじゃない』
何気なく言った言葉だったのに、枢も、湖白と湖雪までもが驚いた様子で私を凝視した。
『だって湖白、私や枢といる時はどうしても畏まっていたけれど、湖雪と一緒にいる時だけはとても柔らかい顔をしていたのよ。湖雪は初めから湖白にべったりだったし、たまに私にも妬いちゃったりして、それがすごく可愛くて…。だから湖雪がまだ小さな頃から、あなた達は将来愛し合うだろうなって思っていた……の…だけれど……?』
三人は同じ顔をして固まっていた。
そして湖雪が初めに笑い出した。
「ふふ……、くすくすくす……。やだわ、もう……さすがお母様だわ」
「母上には敵いません……」
「……君には全部お見通しだったんだね」
『どうして皆揃って笑うの?私、なにか変なこと言った?』
三人は見つめ合ってまた笑い出した。
枢が私をぎゅっと抱き寄せる。
「そういうことだそうだよ、二人とも」
枢のこんなに晴れ晴れしい笑顔を見たのは久しぶりかもしれない。
そして湖白も枢によく似た口元で笑って、隣の湖雪を抱きしめた。
「父上、母上、俺たちは幸せです。ですからお二人もどうか幸せに!」
夢のようだった。
いいえ、幾度となく見た夢でもこんな幸せな光景は見たことがなかった。
湖白と湖雪にまた逢えた。
それだけでなくこうして笑い合うことが出来るなんて。
『ありがとう、湖白、湖雪…。私たち、これからも生きてゆくわ』
湖白と湖雪は満ち足りた笑顔のまま、再び光の霧となって消えていった。