王妃の日記 | ナノ


 ◇外伝U:湖は白く凍りつき−13/16−
冬が来て寒さが増していくのと同時に、俺の体調は目に見えて悪くなっていった。
飢えの感覚が狭まり、時折発作のように意識が飛びそうになった。
まさかこのまま俺も堕ちてしまうのだろうか。
そう思うと恐くて眠れぬ夜が続いた。


「湖白、つらいの……?」

湖雪に誘われて部屋で話していると、突然の飢えに襲われた。
それも今まででいちばん強い。
顔が青褪め、呼吸がどんどん荒くなる。
これは危ないと本能が告げた。

「……湖雪」

逃げろ、と言いたかった。
俺が襲ってしまう前に早く。
逃げて、逃げて、――――そして、父上を呼んでほしい。

このままだと俺は間違いなく獣になり下がってしまうだろう。
狂気に堕ちた吸血鬼は二度と元には戻らない。
だから俺はせめてもの救いとして粛清を行ってきた。
今になってそれが正しかったのだとよくわかる。
大切な人たちをこの手で傷つけてしまうことがいちばん恐い。
それなら死んだ方がよっぽどましだ。
でも、母上や弟妹たちは、たとえ狂ったとしても俺を殺すことは出来ないだろう。
だけど父上なら――――、父上ならきっと迷わず俺を殺してくれる。
あの舞踏会の夜に見せた断罪の眼差しで。

しかし、俺の耳に届いたのは思いもかけない湖雪の言葉だった。

「湖白、私の血を飲んで……」

「……っ、やめろ!今そんなことをしたら……!」

いつもの発作は訳が違うことくらい湖雪にもわかっているはずだ。
赤く染まった俺の目は、残忍なまでに訴えているはず。
その血が欲しい、命の根源まで貪り尽くしたいと。
それなのに、湖雪の口調はひどく穏やかだった。

「ええ、わかってて言っているの。それが私の望みだから」

「……何を…考えてる?」

湖雪はにっこりと笑って近付いた。
そのあまりに無邪気で幸せそうな笑顔に、嫌な予感を覚えた。

「来るな…、湖雪!」

抵抗する俺に、湖雪は抱き付いてそっと唇を重ねた。
やわらかな指が頬を包み、温かな唇が触れあう。
そして湖雪はいつの間にか隠し持っていたアテナで俺を刺した。

「こ…ゆき……?」

訳が分からず立ち尽くしている間に、腹部の痛みがじわりと広がる。
ただでさえ飢えに襲われているというのに、大量の血が流れて渇きが余計に酷くなる。
湖雪はすばやく短剣を引き抜くと、そのまま躊躇なく自らの胸にそれを突き立てた。
濃い血の香りが部屋中に満ちる。
それは堪らなく俺の飢餓感を煽った。

「湖白…」

そして極上の甘い声の誘いによって、俺の理性は決壊した。

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