王妃の日記 | ナノ


 ◇外伝U:湖は白く凍りつき−9/16−
クロノスに忘れ去られた俺たちを置いて、季節はめくるめく早さで移り変わった。
一族は増え、人間の血も混じって次第に種族と呼べるほどになり、都はかつての活気を取り戻した。
国王並びに王妃を含むタナトスから生き残った八人は始祖と崇められ、その血を濃く受け継ぐ王族たちは純血種と呼ばれるようになった。
また、人間の血が入っていくに従って、貴族、市民、と自然と階級が出来ていった。
その階級社会の最下層にいるのが、理性を失くした元人間の吸血鬼達。
人間の町を襲うことすらあった彼らは貴族以上の吸血鬼によって管理されるようになり、階級制をより絶対的なものとしていった。


「そういえば、人間のお客様が城にいらしたことがありましたよね。あれはいつだったでしょうか?百年…、いえ、二百年前だったかしら…?」

俺に懐いている末の妹が紅茶を啜りながら言った。
湖雪と三人で昔話に花を咲かせていた秋の夜長のことだった。

「もう三百年も前だよ、萌香」

「まあ、あれからもうそんなに経ちますの?珍しいことだったからよく覚えていますわ。確か、湖白お兄様が"狩り"にいらっしゃった時にお連れしたんでしたわね」

"狩り"とは元人間の吸血鬼に対する粛清のことをいう。
狂気に堕ちた彼らはもはや手の施しようがない。処分してやるのがせめてもの救いだ。
少なくとも俺はそう信じ、その始末を率先して行っていた。
――――俺もまた、"元人間"であるから。

「その人間って、お母様がウイルス研究の一部を持たせた方でしょう?わずか五十年ほどで研究を完成させるなんてたいしたものよね」

「ええ、湖雪お姉様。今ではワクチンといって、伝染病の予防法として人間社会に定着しているんですって」

湖雪も萌香も、人間たちのことをまるで違う世界のことのように話す。
人間であった頃の記憶がないのだから仕方ないのかもしれない。
萌香に至っては生まれついての吸血鬼だ。
かつては同じ種族であったと知識としては知っていても、実感が伴わないのは当然だろう。
こんな時、彼女たちと自分との差を感じさせられた。

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