王妃の日記 | ナノ


 ◇外伝U:湖は白く凍りつき−7/16−
「おにいさまぁ!」

城のすぐそばに広がる湖のほとりの花畑。
色とりどりの花の中で揺れる長い銀の髪。
俺を見つけて無邪気に笑う十歳ばかりの少女。

あれから十年――――。
湖雪の成長は遅い。
そして俺の成長は止まったままだ。

黄昏の中、花の上を駆けてこちらに駆け寄って来る湖雪をぼんやりと眺める。
彼女の髪も瞳も、俺と同じ色。
同じ日に生を受けたはずの俺たちだけれど、双子と言うよりは年の離れた妹という感覚の方が近い。
どちらかといえば……
そう思いながら城からこちらに向かって来る男女に目をやった。
俺と同じ年頃に見える彼ら――彼女は、俺に気付くとやわらかく笑んだ。
まるでそこだけ光が増したように、彼女のいる空間が目映く輝く。

「おにいさま?」

俺を見上げながら首を傾げる妹にハッと意識を引き戻した。
その細い銀の髪は鮮やかな花冠で彩られている。

「ああ、ごめん。どうした?湖雪?」

「お花のかんむり作ったの。おにいさまに一つあげる」

「ありがとう」

綺麗に編まれたお揃いの花冠を頭に載せられ、礼を言って微笑めば、湖雪は愛らしい笑顔を顔中に咲かせた。

暖かな陽射し。
穏やかな日々。
微笑めば微笑み返してくれる人がいる。
孤独だった過去はおぼろげに霞み、現在いまの確かな幸福の中に埋もれていく。

でも……。

『あら湖雪、かんむりを作ったの?』

「上手に出来たね」

「おかあさま、おとうさま」

無邪気に父母の元へと駆けていく湖雪。

「あのね、おにいさまにも作ってあげたの」

『まあ本当。ふふ、花嫁さんみたいね、湖雪』

「おにいさまが王さまで、湖雪がお妃さまよ」

愛くるしく笑う妹。
優しく微笑む両親。
独りぼっちだった俺が、何よりも求めていた家族のぬくもりがここにはあった。

だけど……

『湖白、似合っているわよ』

「ありがとうございます、……は、はうえ」

十年の時が経っても、俺の髪を撫でる目の前の美しい人を真っ直ぐに母とは呼べなかった。

『ああ、良い風ね。こんなに気持ちが良いと踊りたくなっちゃうわ』

「お手をどうぞ、姫君」

母上の呟きにすかさず手を差し伸べる父上。
母上はくすくすと嬉しそうに笑いながら、当然のごとくその上に白い手を重ねた。
風と花のささやきを伴奏に、美しい唇が歌を紡ぐ。
やさしいメロディに合わせて軽やかなステップが踏まれるたびに、ダークブラウンの長い髪がふわりと揺れる。
甘やかで幻想的な光景から目を離すことが出来ない。

「湖雪も踊りたい!」

『それじゃあ二曲目はお父様とね。湖白もいらっしゃい、踊りましょう』

「いえ、俺は……」

『踊れないの?なら教えてあげるわ』

半ば強引に花々のホールに誘いこまれる。
握られた左手が指先から熱を持つ。

『クイック、クイック、スロー。スローで足を揃えるの』

「え……、と」

『俯いたらダメよ。私の目を見て』

「は、はい……、っ」

足元に気を取られたふりをして顔を背けていたのに。
視線を上げれば紅い瞳と出逢ってしまう。
ドクリと心臓が大きく鳴った。
苦しさに眩暈がしてステップが崩れ、爪先を踏んでしまいよろめいた。

「……あっ、すみません……!」

『いいのよ、気にしないで。ほらもう一度』

大きすぎる鼓動が胸を突き破って聞こえてしまわないだろうか。
彼女を見つめる瞳から想いが漏れ出てしまわないだろうか。
――――もう少しで、唇が髪に触れてしまうところだった。

わかっているのだ、この感情は禁忌だと。
決して触れてはならぬ存在、抱いてはならぬ想い。
だが、何度断ち切ろうとしても絶念の刃が下せない。
俺の心はどうしようもないほどに、その紅い瞳に囚われ続けていたいと願っていた。

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