王妃の日記 | ナノ


 ◇外伝U:湖は白く凍りつき−6/16−
暖かな談話室に場所を移すと、両親はすべてを話してくれた。
タナトスが蔓延した死の世界、そこから生き残った自分達はバケモノであると。
信じられない内容だったが、それでも目の前の現実を見ると受け入れるしかなかった。
話を聞く程に本当に二人が俺の両親であると実感し、そして若々しい見た目との隔たりに違和感を覚えずにはいられなかった。
特に、見れば見るほど美しさを増すような少女を、母と呼ぶのは抵抗があった。

『…夜もすっかり更けてしまったわね……。湖白、長旅で疲れているでしょう?今日はゆっくり休んで。…ね?』

「…はい」

『そうだわ、あなたの部屋に案内しましょう。そのまま残してあるのよ』

母上はそう言うと、俺を上の階へと連れて行った。
通い慣れているのだろう、松明もない暗い廊下を迷わずに進んで行く。

『どうぞ入って。ここがあなたの部屋よ』

そこは俺の育った森小屋が一軒まるごと入るくらいの広い部屋だった。
窓から漏れる月明かりが室内を照らす。
やわらかな色調の壁紙や家具、そこかしこにある玩具やぬいぐるみ、オルゴールメリーが吊るされた寝台。
しかしそんなものよりも、俺はただひたすらに母上を見つめていた。

『ベッドは子供用だけど十分使えると思うの』

振り向いた彼女と目が合った。
紅い瞳が思考を奪う。
蜘蛛の糸で身体をその場に縫いつけられたように動けないでいると、母上がゆっくりと近づき、その綺麗な指で俺の髪を撫でた。
窓から差し込む月光の中に立つ彼女は、ぞっとするほど美しかった。

「あ…の……」

絞り出すように声を出すと、母上は俺をそっと抱き締めた。
花の香りが毒のように身体の動きを鈍くする。
耳元で囁かれる蜜のような誘惑に、思考は簡単に溶かされていった。

『湖白…、さっきも説明したように、私たちはバケモノなの。人間のあなたがここにいるのはとても危険なのよ。いつ私たちの理性が飛んで、あなたを襲ってしまうかわからない……。だから、ねぇ、湖白……。あなたも、私たちと同じ存在になって…?そうすれば、何の心配もいらないわ。同じ時を歩き、ずっと一緒にいられる……』

「…ずっと、一緒に……?」

『ええそうよ。ずっと一緒。……もう決して、あなたを離したりしないわ』

背中に回された細い腕がぎゅっと強まった。

『だから、湖白…、私たちと同じ存在になって…?』

答えなんて決まっていた。
この美しいひととずっと一緒にいられる。
願ってもない幸福だ。

――それが例え、魔の囁きであろうと――

「……はい」

掠れた声で返事をするや否や、首筋に鋭い痛みが走った。
意識が薄れ、世界が暗転する。


そうして俺は、母上の牙によって夜の一族に堕とされた。

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