王妃の日記 | ナノ


 ◇外伝U:湖は白く凍りつき−4/16−
ついに俺は一人になった。
育ててくれた家臣たちはもういない。
これから向かう生まれ故郷には、両親と妹の亡骸があるばかりだ。

俺はこれから、たった一人でどうやって生きて行けばいい――?

国を見下ろせる山の頂に冷たくなった老騎士を埋めながら、そんなどうしようもない問いかけが延々と頭の中に木霊する。
導いてくれる人はいない。この先の果てない道を自分一人だけで歩いて行かねばならない。
それは途方もないほどの深い孤独だった。

視界が揺らぐ。
拳を握り締めても、歯を食いしばっても、零れる雫を止めることは出来ず、頬に一筋の冷たさを感じながら遠い城を見据えた。
あそこに行けば家族に逢える。
例え朽ちた白骨しかなくても、俺が家族と過ごした短い時間の名残は見つけられるはずだ。
俺は一人ではないと、その証拠が欠片でいいから欲しかった。

山を降り、森を抜け、王都に着いた頃には日が随分傾いていた。
かつては華やかに栄えていただろう都は、今や廃墟と化していた。
隙間から草の生えた石畳には俺の影が伸びるばかり。
そこを一歩一歩進み、開かれたままの大きな城門を通れば、迫り来るような巨大な城が目の前に聳え立った。
ここが俺の生まれた城。
十六年前に何も起きなければ、今でも俺はこの城の中で幸せに過ごしていただろう。
顔も思い出せない家族に囲まれて……。

叶うはずもない幻想が脳裏を駆ける。
感傷に浸りながら重い扉を開けると、中は暗く、ぞっとするような冷気が漂っていた。
その瞬間、射るような殺気が向けられ、怪しく光る眼差しがいくつも襲いかかって来た。
やられる――!!
そう覚悟した刹那、

『待って!やめて!!』

澄んだ声が響き渡り、俺を襲いかかろうとした"何か"の動きがぴたりと止まった。
コツ、コツ、と小さな足音と共に暗闇の中から声の主が現れたその時、俺の呼吸は止まった。

「……っ!」

『……あなた…は……!!』

黄昏の光に照らされるのは風になびく黒檀の髪。
透き通るような白い肌、薔薇のように紅い瞳。
それは俺と同じ年頃だと思われる、あまりに美しい少女だった。
その瞳が俺を射抜き、驚いたように見開かれる。

『……こ…はく……?』

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