王妃の日記 | ナノ


 ◇外伝T:湖に雪は舞い散って−12/12−
「湖白……」

残った力を全て使って、最期の仕事をしようとした時だった。
お父様とお母様が血の匂いを察してこちらにやってくる気配がした。
私の力が弱まって術式に綻びが出たのだ。

私は湖白を見つめ、その頬に手を伸ばした。
けれど私の指先は持ち上げた途端にぽろりと落ちた。
ああ、もう時間がない。
指の欠けた手で湖白の服を掴んだ。
そして命令する。
あなたに初めて使う、"他者を従わせる純血種の声"で。

「湖白、吸血鬼を狩るのよ。この城から遠く離れて、哀れな同族を狩りなさい。それがあなたの使命。果たすまで死ぬことは許さないわ」

ねえ、湖白。
この言葉は呪縛となってあなたを縛るでしょう。
人間たちを守るためにこんなことを言うんじゃないのよ。
私はそこまで善人じゃない。
全ては私自身のため。

この城から逃げて。
お母様から離れて。
そして生きて、生き延びて。
私を殺したことを責めながら生き続けて。
そうすればあなたは私を忘れないでしょう?
そうすれば私はあなたの中でずっと生きていけるのよ。
あなたの糧となって、あなたの中で、永遠に。

これが私の愛の形。

大きな音を立てて開かれた扉を見ると、茫然と立ち尽くすお母様と目が合った。
その瞳は驚きで見開かれている。

「……ごめんなさい、お母様」

ごめんなさい、ごめんなさい。
私、貴女を憎んでいたの。
湖白に愛される貴女を憎んでいたの。
大好きな憧れの貴女にそんな醜い感情を向ける自分が大嫌いだったの。

こんなことをして、悲しませるってわかってるわ。
だけど、だけどね
湖白、お母様、どうかわかって。

醜い感情を捨てて愛する人の腕の中で息絶える。
私、この上もなく幸せなのよ…。

-END-
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