◇外伝T:湖に雪は舞い散って−8/12−
湖白…、ねえどうして……どうして私だけを見てくれないの?
こんなにもあなたを愛しているのに。
いいえ、最初にそう仕向けたのは私。
お母様を想う湖白の心を利用して、無理やり振り向かせたのは私。
あの頃はそれでもいいと思ってた。
湖白が私を見てくれるならと。
でも、身体を重ねるごとに、時を重ねるほどに、想いが募るほどに増してゆく独占欲と嫉妬心。
もう私は無垢な少女じゃない。仄暗い感情に蝕まれた浅ましい女。
そんな我が身を実感する度に、お母様の清らかさがいっそう際立って見えた。
こんなにも似てるのに、こんなにも違う。
お母様のようになりたかった。でもお母様にはなれなかった。
だから湖白にも愛してもらえない。
ああ…、もう疲れた。
愛することも、憎むことも、羨むことも、憂うことも。
――終焉が欲しい。
その時だった。
ふとホールの方を見ると、見慣れたシルバーブロンドとダークブラウンの髪が一緒に舞っていた。
心臓がドクンと脈打つ。
お母様と湖白が一緒に踊っていた。
いいえ、気にすることないわ。王妃と王子が踊るなんて普通のこと。
今まで何度も二人が踊っているのを見てきたじゃない。
でも、湖白のあの眼差し…。
私には決して向けられることのない、切なさと熱のこもったあの瞳が今、惜しみなくお母様に注がれている。
見ていられるわけがない。
だけど目を逸らすことが出来ずに、私は中庭に佇んだまま二人のダンスを凝視していた。
すると湖白はお母様と手を取り合ったまま、ホールを抜け出しこちらの回廊に向かってきた。
この場所じゃ窓から私が見えてしまう。
私はとっさに回廊の中に逃げ込み、二人に気付かれないよう廊下の角に身を隠した。
『湖白ったらどうしたの?こんな所に来て…』
「母…上……」
壁とカーテンと大輪の薔薇に阻まれて、二人の姿はホールから完璧に隠されていた。
けれど私のいるこの場所からははっきりと見える。
固く繋がれた手、見つめ合う瞳、その様子はどう見たって睦まじい恋人たち。
さらに、この良すぎる耳に鮮々と聞こえてくる湖白の艶めいた声が私の胸を締めつけた。
「俺……は……」
開かれた湖白の唇から濡れた牙が覗いた。
私の身体は恐怖で凍りつき、心は嫉妬で燃え上がった。
とうとう湖白がお母様の血を吸ってしまう…!