◇外伝T:湖に雪は舞い散って−6/12−
それから、また数百年の時が過ぎ、私たちが吸血鬼となってから千年が経った。「お母様…?」
『あら湖雪、どうしたの?』
お父様とお母様の部屋に伺うと、二人はいつものように一緒にソファに座っていた。
お母様はお父様の肩に頭を預け、お父様はそんなお母様の髪を愛おしげに指で梳いている。
相変わらず、娘の私が見ても羨ましいほどの仲睦まじさ。
「明日の舞踏会のドレスが決まらないの。一緒に選んでくださる?」
『いいわよ。でもあなたは何でも似合うのに』
「だって迷ってしまうの」
お父様の腕からするりと抜け出したお母様は私の頬をやさしく撫でた。
するとお父様が私たちを見てくすっと笑みを漏らした。
『枢?どうかしたの?』
「お父様?」
不思議に思って首を傾げた。
隣でお母様も全く同じ動きをした。
もう真似ようとしなくてもお母様の仕草や癖はすっかり身についてしまっていた。
「いや、君たちは本当にそっくりだと思ってね。顔も背格好も瞳の形も。ほら、そうやって首を傾げる仕草まで」
お父様はどこか満足そうな表情で言った。
そんなの当然だわ、お父様。
だってこの千年、私はお母様みたいになるよう努めてきたんだもの。
「もし髪の色まで同じだったら、僕は二人を間違えてしまうかもしれないな」
そう、ただ一つ違うのはこの髪の色。
お母様は黒檀、私は白銀。
お母様は私の髪を綺麗だと言うけれど、私はその艶やかな髪が羨ましかった。
「それはないわ」
滲み出る暗い感情を押し殺して私は笑った。
お母様のようにやわらかに。
お母様のように美しく。
「だってお父様はお母様をすごく愛してらっしゃるもの。間違えるなんてありえっこないわ」
そう、お父様に限ってそんなことはありえない。
でも湖白は、湖白だったらどうかしら…。
『じゃあ湖雪、今度私たち、髪を染めて見ましょうか。枢と湖白がちゃーんとわかるかどうか』
「それはおもしろそうね、お母様」
茶目っ気たっぷりなお母様にくすりと笑ってみせた。
だけど本当にそんな事をすれば笑えるどころではない。
今でさえ湖白は、これほどの年月が経ってさえ私越しにお母様を見ていると言うのに…。
湖白と一緒の銀の髪は、私が私である唯一の証だった。
私がお母様ではない証。
湖白の双子の妹である証。
忌々しくも、大切にも思うこの銀の髪は、私の心の矛盾そのものだった。