◇外伝T:湖に雪は舞い散って−4/12−
ある年の夏の、月が美しい夜だった。ノックもせずにおにいさまの部屋に入ると、ベッドに腰掛け本を読んでいたおにいさまは驚いて顔を上げた。
銀の髪が夜風に揺れる。
「湖雪?驚いたな。どうかしたのか?」
昔と変わらずに向けられるその笑顔。
他の弟妹たちに向けるのと同じ兄の顔。
その表情を、崩したかった。
「……湖白」
お母様そっくりの声で、お母様と同じ口調で、名前を呼んだ。
湖白の心臓が大きく震えたのが分かった。
「……っ。……どうしたんだ湖雪、急に……」
「いいじゃない。だって私たち、双子でしょう?」
平静を取り繕おうとする湖白に微笑みかける。
お母様と同じ顔で。
「湖白……」
ゆっくりと近づいて頬に手を添えた。
卑怯だなんて分かってる。みじめな気持になることも分かってる。
お母様を真似て、湖白の気持ちを利用するのだから。
だけどどうしても、私を見て欲しかった。
湖白は立ち上がり、吸い寄せられるように私の手を取った。
「湖白…、好き」
その深紅の瞳が私を見た。
――――やっと、見てくれた。
「愛してるの、湖白……」
そう言い終わるや否や、激しく唇を奪われた。
息もつけないキスの後、湖白はその激しさのままに私の首筋を穿った。
「ああ…っ、湖白……」
私の血が、想いが、あなたの身体に溶けていく至上の喜び。
その飢えがこの血で満たされることはないと知っていても…。
切なさと幸せの狭間で、私は恍惚としながら瞳を閉じた。