王妃の日記 | ナノ


 ◇第四十一罪:追憶V―タナトス―−9/9−
私たちは自分たちに起きたことが理解できなかった。
否、理解したくなかった。
二人とも、昼は互いを抱きしめて陽の光と底知れぬ恐怖に怯え、しかし夜になると血の香りに誘われて数えきれない死体を貪った。
本能に抗えないのをいいことに、自分が何をしているのかわからないふりをして…。

日に日に感覚は研ぎ澄まされ、体の奥底から力が溢れてくるのがわかった。
少し気を緩めるだけで周りの物を破壊してしまう。
強堅な鉄の鎧や太い石の柱、城壁までもを手を触れずに簡単に壊すことができた。
いくらわからないふりをしても、受け入れざるを得なかった。

私達は"変わってしまった"のだということを。
そしてきっともう、人間ではないことを。


しばらくして私たちは城中の何百という死体を埋葬した。
心の底から懺悔しながら。
死体の中で"咬み跡"のないものはほとんどなかった。
お父様の代から仕えてくれた衛兵、婚約が決まったと嬉しそうに話していた侍女、厨房に忍び込むとこっそりお菓子を分けてくれた料理長、口うるさくて心配性でたくさん甘やかしてくれたばあや。
――そして、いつも美しく優しい微笑みをたたえ、溢れるほどの愛情で私を包んでくださったお母様……。
その細い首にまで咬み跡を見つけた時は、さすがに我慢できず泣き崩れた。

すべての人の墓標を立てた後、私たちは死ぬことにした。
罪悪感、絶望、恐怖……いろいろなものでいっぱいだった。
せめて煉獄で、この罪が浄化されないかと僅かな期待を抱いて。
湖雪を連れていくことは戸惑ったけれど、この子も私たちと同じバケモノ。そして愛しい我が子。
遺していくことは出来なかった。


まず湖雪を刺した。
そのすぐ後に自分たちも刺し違えた。
湖雪は泣きわめいて泣きわめいて……その声はだんだんと小さくなり……そして、泣き止んだ。
大きな瞳をぱちりと開いたまま。
湖雪の傷を見ると、完全に塞がっていた。
そしてもちろん、私たちの傷も。

それから死ぬ方法をいろいろと試した。
でも、全部だめだった。どうやっても死ぬことは出来なかった。
湖に沈んでも呼吸は苦しくならない。
食事を断っても全然平気。
毒を飲んでも全く効かない。

なんだかだんだん可笑しくなって。
とうとう笑ってしまったのは、一番高い塔の天辺から飛び降りた時。
死ぬどころか、綺麗に着地を決めてしまった。
でも、その後はかえって清々した。
私たちは"バケモノ"になってしまったと認めることが出来た。
そして、感謝した。
枢と湖雪と、三人一緒に"バケモノ"になったことに。


初めて枢の血を飲んだ時は感激した。
それまでいくら血を飲んでも、どこかで飢えていたのにその飢えが完全に無くなった。
枢の想いが体中に広がって、これ以上ないほど満ち足りた気分になった。
湖雪は私たちに"キス"することで食事をしているようだった。

私たちはこのまま静かに生きて行こうと決めた。
この身が朽ち果てるまで。
ただ一つ気掛かりだったのは、湖白のことだけ…。
あの子のことを考えると、胸が締めつけられるようだったけど、心のどこかでは諦めていた。

この世界には、もう私たち三人しかいないと、そう思っていたから。

でもある日、私たちはふと気付いた。
埋めた死体の中に、百合姉様の子供たち、風音と颯真の死体がなかったことに。
枢もそれに気付いたようで、二人で話し合い、探しに行った。

王都へと――――。

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