王妃の日記 | ナノ


 ◇第四十一罪:追憶V―タナトス―−2/9−
それから二日。
湖雪の熱は高くなるばかりで、とうとう吐血までし始めた。
そして、隣室にいた乳母も発病。
私は寝る間も惜しんで二人の看病をした。

「白亜…さま、ごほっ、…申し訳…ありません…」

『謝る必要なんてないわ』

彼女の進行は早く、発症してすぐに吐血を繰り返していた。

「どう…ぞ、私の…ことは…、ごほっごほ、お捨て置き……下さい…」

『何を言うのっ』

「どうせ…、あとわずかで…天に召される身……です。……私のこと…などより……湖雪さま…の…もとへ……」

『湖雪は今は寝ているのよ。心配しなくていいわ。それに、あなたを放っておくなんて出来るわけないでしょう』

「ですが…、このままじゃ……白亜さま…まで……」

『とうに覚悟は出来ています。…さあ、余計なことは考えず、あなたも少し眠って』

そう言うと彼女は涙を流しながら目を閉じた。
そして、それから二度と目覚めることはなく、うわ言に息子の名前を何度も繰り返しながら、翌朝息を引き取った。
家に返してやることも、最期に息子に一目会わせてやることも出来なかった。

彼女の家族はどうしているのだろうか。
彼女の子供はどうしているのだろうか。
西方に逃げてくれただろうか、……それともすでにタナトスの手にかかっているのだろうか。
部屋の外のことが何一つわからない私にとって、それを知る術はなかった。
ただ一日中湖雪を抱き、子守唄を歌いながら、その小さな身体がまだ呼吸を続けているのかと何度も何度も確かめた。
時々苦しげに「まぁーま…」と私を呼ぶ声が愛しくてならず、熱い身体を抱きしめながら涙に咽いだ。

『……かなめ…』

堪え切れずに何度貴方の名前を呟いただろう。
ゆっくりと、しかし確実に我が子に迫る死の影を、ただ見ていることしか出来ないのはあまりに辛かった。
そして、それが最愛の貴方をも脅かしているのではないかと思うと、居ても経ってもいられなかった。

本当は今すぐにでも貴方に会いたい。
この重い扉を開け、廊下を駆け出し、枢の腕の中に飛び込みたい。
けれど、それは絶対に出来ない。
そんなことをすれば貴方を死に引き込むだけ。
咳き込むと手に赤い血が付く。
私もすでにタナトスを発症していた。

もう二度と、二度と枢には会えない。
あの瞳を見ることはもうない。
あの手に優しく撫でられることはもうない。
あの腕に抱きしめられることはもうない。
あの扉越しの別れで覚悟していたにもかかわらず、その事実が息も出来ない程に胸を締めつけた。

そして湖雪の部屋に籠ってから五日目、とうとう私も高熱に倒れた。

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