王妃の日記 | ナノ


 ◇第四十罪:追憶U―クロト―−12/12−
「白亜!」

その日の深夜、突然枢が部屋に入ってきた。

『枢、だめよ!入ってはだめ!』

私は無理やり枢を追い出した。
扉を閉めて鍵をかける。

「君は何を考えているんだ!一人で湖雪の看病をするなんて!そんな事をすれば君も感染するだろう!」

『……ええ、そうね』

「……っ、白亜、この扉を開けて。……君なしでは…生きてゆけない……」

あまりに悲痛な枢の声が私の心を揺さぶった。
私も……私もよ、枢。
でも……

『だめよ、枢。貴方はこの国の王よ。貴方がいなかったらこの混乱した状況の中、誰が指揮を取るというの?貴方だけはタナトスに罹ってはいけないの』

「それは君も同じだろう!?君はこの国の王妃だ。……僕の妻だ」

『私は…王妃失格だわ…。王妃としての義務より一人の母親としての立場を選んでしまった。せめてお母様から言われたあの時に、この子たちを逃がしていれば…。……ねえ…枢…。湖雪は……この子はあと五日もしないうちに……死んでしまうの……。せめて、この残された時間を、この子と一緒に過ごしたい……』

湖白は、あの子には最後に会うことも出来なかった。
だからせめて、湖雪だけでも…。

「……僕も…僕も一緒にいさせて。君と湖雪を抱きしめさせて…」

厚い扉の向こうから、この世界で最も愛しい人の、涙に掠れた声が聞こえた。

貴方の顔が見たい。
貴方のぬくもりを感じたい。
貴方の腕の中で朽ち果てたい。

でもそれは叶わぬ事…。
だから貴方への全ての想いを声に込めた。

『…ごめんなさい、枢。……愛してる』

「たぶん、僕の方がその百倍は愛してるよ」

『ふふ…、負けず嫌いね』

笑ったつもりなのに、涙と嗚咽で上手く笑えなかった。
でも、泣いたまま別れたくなかった。
厚い扉を隔てた顔も見ないままの別れ。
最愛の貴方との最後のひととき。

お互い、これが最後の会話になるだろうと、覚悟していた。

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