◇第四十罪:追憶U―クロト―−8/12−
人の願いとはなんて虚しいものだろう。濁流のような運命には抗えない。
その二日後、王都で初めてのタナトス感染者が出た。
そしてその日、お母様が城へとやってきた。
『お母様、なぜ…!』
「久しぶりですね、姫。…いえ、もう王妃陛下と呼ばなければなりませんね」
『なぜです!?お祖父様のお屋敷は王都よりも遥かに西…、今の世界で東に赴く事は死に急ぐようなものです!この王都では今日タナトスの感染者が出たばかりなのですよ!?』
「あなたのご結婚を機に実家に下がっていましたが…。この国の窮地は王妃であるあなたの窮地、そして娘の窮地は母である私の窮地です」
美しい銀の髪がさらりと揺れた。
『でも…!』
「…貴女が心配だったのですよ、白亜」
『お母様…っ』
思わずその胸に顔を埋めた。
小さな子供のように声を上げながら縋りつく。
席を切ったように涙が溢れて嗚咽が漏れた。
『手を尽くしても手を尽くしてもダメなのです!このままじゃ…皆死んでしまう!どうしたらいいのお母様…!』
「白亜、よくお聞きなさい」
お母様は静かな声で言った。
「一刻も早く王子と王女をこの国から逃がしなさい」
『……湖白と、湖雪を…?』
「王都でも感染者が出たのならばもう防ぎようがないでしょう。この国が東の国の二の舞になる日はそう遠くないはずです。そうなる前に早く、王子と王女を西方に逃がすのです」
『あの子たちを…、手放せと…?』
お母様は私をぎゅっと抱きしめ、そして頬を撫でながら言った。
「本当なら貴女と枢さんにも逃げてほしい。けれどあなた方はこの国の王と王妃。城を離れることは出来ないでしょう」
『もちろんそのつもりです。民と国を捨てるなんて…、何のための王族でしょう。けれど…っ』
子供たちを、手放すなんて…っ。
「けれど、王なくして国が栄えないのもまた事実です。民のために、この国のために、玖蘭の血筋を絶やすわけにはいきません。ご決断なさい。このことを言うために私は参りました」
いつもか弱く儚げな微笑をたたえているお母様の、初めての厳しい言葉だった。
しかしその頬は涙に濡れ、唇は青ざめ震えていた。
心を鬼にして言って下さっているのだ。
『でも…私には……』
「……ごめんなさいね、白亜。本当は私にこんなことを言う資格はないのです。私が登城した本当の理由は…、この城に骨を埋めるため、貴女の側で死ぬためです。いつまで経っても貴女は私の可愛い姫。我が子と離れて生を終えるなど、耐えられなかったのです…。貴女には子を手放せと言っておきながら…、酷い母親ですね」
『お母様……っ』