王妃の日記 | ナノ


 ◇第四十罪:追憶U―クロト―−5/12−
しかし、状況は日を追うごとに悪化した。
初めにタナトスが発生した東の国は、ほぼ壊滅状態との噂だった。
人の気配はなく、街には死体が溢れ返っているという。
その骸にはカラスさえも寄りつかないらしい。

国内外からの逃亡者により、王都の人口は常時の三倍に膨れ上がった。
王国でのタナトスによる死者は、報告されているだけで八万人を超えていた。
けれど私たちは知らなかった。実際の死者数はこの時すでにその数倍から十数倍にも及び、到底把握できる数ではなかったことを。
死者を数える者もいないほど、いくつもの町や村が全滅していたことを。

『枢、少しは休んで。貴方が倒れたら元も子もないわ』

悲鳴のような北風が頑丈な城の壁に響く。
深夜すぎ、子供たちの様子を見に行き私室にそっと戻ると、仮眠を取っているはずの枢が机の上で山のような書類と向き合っていた。
毎日休む暇もないほどにあがる報告。
タナトスの感染状況、死亡者数、食料、薬草、住居、人手、あらゆる物の不足。
さらに今は冬。人々はタナトスの恐怖に加え厳しい寒さとも戦わなければならなかった。
現に、タナトスで親を亡くした子供が一人残された家で凍死するという、痛ましい報告もあった。
枢はそれらの書類から顔を上げると、溜息をつきながら疲れた顔で微笑んだ。

「君だってほとんど寝ていないだろう?…子供たちは?」

『何も知らない天使の顔でぐっすりよ。乳母たちが良くしてくれるもの。心配ないわ』

「そう、良かった」

―――コンコン
その時静かに扉がノックされた。

「陛下、王妃様、夜分に大変恐れ入ります。ただいまお時間宜しいでしょうか」

「構わないよ、この非常時だ。そのような挨拶は必要ない。それよりも早く用件を」

枢の言葉に侍従の青年が入ってきた。

「はっ。申し上げます。ただいま橙茉公爵夫人、並びにご子息ご令嬢ご一行がお見えになりました。ご入城の許可を」

『まあ…、百合姉様が!?』

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