◇第二十九罪:葛藤−6/8−
side 瑠佳「本当に白亜様がそう仰ったの!?」
「何度も言っているだろう。暁も一緒に聞いたんだ。なあ?」
「ああ」
「でも、始祖が八人いただなんて…。歴史がひっくり返るわ」
ティーカップから昇る湯気の向こう側には英と暁の姿。
英から聞かされたのは、休暇中に白亜様から伺ったという驚くような話だった。
始祖吸血鬼が七人と言うことは吸血鬼界では常識中の常識。
王様と王妃様を含めたその七人は、私にとって神話の中の神々のような存在。
「その"知られざる一名"こそが元老院の捏造によって歴史から消された方なんだろう」
「……だとしたら、とっても重要な方だわ。その存在すら歴史から消されてしまうような、何か重大なことに関わっている方…」
思案の沈黙を突如部屋に響いたノックが打ち破った。
扉を開けた先には、星煉と彼女に抱えられるようにして辛うじて立っている白亜様がいた。
「白亜様…!?どうなさったのですか!?」
「瑠佳……」
消え入りそうな声で私の名前を呼ぶと、白亜様は私に縋りつくように静かに泣き崩れた。
「瑠佳…、どうした?…白亜様!?」
「英、暁…。白亜様をひとまず部屋に……、白亜様、歩けますか?」
ずるずるとくずおれかける白亜様は私が支えていることで漸く立っているような状態だった。
「……白亜様、失礼します」
暁が白亜様を抱き上げて部屋の中へと運んだ。
いつも凛としていて品格を崩さない白亜様の、こんなにも打ちひしがれた姿を見るのは初めてだった。
「……白亜様、何があったんですか?」
英が問いかけても俯いたまま首をふるふると横に振るだけ。
その時、嫌な気配が寮内に入った。
ハンターと吸血鬼が混ざった独特の気配。
「錐生が来てるみたいだな…」
英がそう言ってから間もなくして、錐生零と枢様の血の匂いが流れ込んできた。
白亜様はずっと声を押し殺して泣き続けたまま、その匂いに苦しむように胸元の短剣を強く握り締め続けていた。