◇第十五罪:純白×真紅×漆黒−2/8−
「白亜」暗闇から現れた声に白亜ほっと安堵する。
『枢……良かったわ、来てくれて。優姫を寮まで運んでくれる?』
その言葉が終わるよりも先に、枢は白亜の腕の中で眠る優姫を軽々と抱き上げた。
そのまま二人は無言で館を後にする。
涼風に吹かれて零の血が濃く香ってきたが、白亜は軋む胸の痛みを無視した。
"今"は私たちの出る幕ではない。
優姫を寮のベッドに寝かせた後、白亜の自室で二人は腰を下ろした。
『可哀想だけどあの子の記憶を少しいじったの』
翌朝目覚めた優姫は先ほど見たことを何も覚えていないだろう。
「白亜、君はまた力を使って無茶を…!」
『これくらい平気よ』
「だったら良いけど…。でもそうだね、優姫は今夜のことを何も知らない方がいい」
『久しぶりにお茶でも飲んでいかない?』
「もちろん…、と言いたいところだけど今夜は遠慮しておくよ」
白亜の額に掛かったやわらかな髪を掻き上げながら枢は微笑んだ。
「今日は顔色がいいね。…でも少し痩せたかな?きちんと食べないとだめだよ、白亜」
『……ダイエットしてるのよ、舞踏祭に向けて。最近は体調が良いから大丈夫よ』
「そんなことをしなくても君は綺麗だよ」
『くす、ありがとう。それじゃあ、おやすみなさい枢』
「おやすみ、白亜」
枢の気配が遠ざかったのを確認しては白亜深く安堵の溜息をついた。
顔色がいいのは、血液錠剤を飲んだため。
痩せたのは、食べてもすぐに吐いてしまうため。
いつもと変わらない微笑に巧妙に隠された病魔。
ボロボロに蝕まれたその身体に、枢は気付くことを許されない。
白亜の変化にはどんな些細なことにでも気付く彼を紛らわすため、彼女は完璧に"普通"を演じていた。
枢にだけは気付かれてはいけない。
今の身体の状態を知れば、きっと無理やりにでも彼の血を飲まされてしまう。
自分以外の女を想う、愛しい男の血を。
身体を救う唯一の薬は心を殺す毒となる。
再び身体を襲い始めた鈍い痛みに、白亜はベッドに倒れ込んだ。
意識はだんだんと遠のいてゆく。
彼女の頬を伝う雫を、月だけが静かに見守っていた。