病み部屋 | ナノ


静かな空間になまえはいる。ひとりではなく、彼女の目の前にはヴァイスが座り、鋭い目付きで彼女を見ている。
彼女の名前を小さく呼ぶと、彼は眉間に寄せた皺を少しも消すことなく、聞きたいことがあると口を開いた。


「最近、ブラックへの当たりがきつくないか?さっきのアレは何だ、いくらなんでも酷いと自分でも思わないのか?」


少しの間、顔と眉を悲しげに下げ、落ち込んだ様に見えた瞳。だがそれも彼女が顔を上げてしまえば、すっかり消え失せ、怒りに満ちた様な表情に変わってしまっていた。


「ヴァイスさんは、いつもあの子を気にかける…。今だって私よりあの子!」
「…あの子って、ブラックか?」
「私を助けてくれたヴァイスさんは私を気にかけてくれて私の怪我に付きっきりになってくれて私を心配そうに見てくれて!ブラックのことなんてほんのちょっとしか見てなかった!でも今は…!」
「なまえ、落ち着け」


苦しそうに顔を歪めた後、彼女はヴァイスに詰め寄った。近づけられた顔に、彼の緊張が高められていく。
潤んだ彼女の目は、まっすぐ彼の紅を見ていた。きちんとその目に無表情の自分が映っているのを見ながら、どうすれば彼女を落ち着かせられるのか考える。


「あはっ…、ヴァイスさん…ヴァイスさんが私を見てる……今何のこと考えてます?私のこと見てるヴァイスさんは何を考えてます?」
「……キミの、なまえのことだ」
「あ…?わあああ…!ヴァイスさ…っ、ふ、ふふっ、ヴァイスさんが私のこと考えてくれてる…!あの時みたいに…初めて会った、私を助けてくれたあの時みたいに…!」


恍惚とした表情を見せ、その両手で彼の白い頬を包む。笑みが出さずとも漏れていくといった様子のなまえ。彼女をどうしてやればいいのか、どんな言葉をかけてあげればいいのか。それを思考しながら彼は彼女の頭をゆっくりと撫でた。今、自身にできる最大限の優しい表情で。


「…なまえ」
「あ…、ヴァイスさん…?」
「ちゃんと見てる、なまえのことも考えているから」


優しい手つきで撫で続け、柔らかな声をかけてやれば、彼女の潤んだ瞳から雫が落ちだす。彼の言葉を聞き、両手を下げた彼女はおとなしくなった。
すすり泣くだけとなった彼女は、再びヴァイスに手を伸ばそうとしたが、その手首は素早く掴まれる。


「だからこれも、やめような」


彼女の手から取り上げられたのは料理用のナイフで、それを彼女がどうしようとしていたかなど、彼には容易に想像がついてしまった。けれど何も言わずに彼女をその腕に抱く。


「誰かに当たる前に、苦しくなる前に俺を呼んでくれ。そしたらいくらでも俺はなまえを見るし、なまえのことを考えるから」


胸に顔を埋めさせ、彼は彼女の背中を優しくさすりながら言う。彼の背中に手を回し、あまり強いとは感じない力を込めた彼女は何回か首を縦に振って、くぐもった彼の名を紡いだ。


「どうした?」
「…もっと、私のことも見て…。ブラックが大事なのも知ってるけど、私、ヴァイスさんがいなきゃひとりです…、誰にも頼れない…」
「ああ、すまなかった。ちゃんと呼べるな?俺のこと」
「…ヴァイスさん」
「うん、ちゃんと俺は振り向くから」


涙の止まった彼女は、虚ろな瞳をヴァイスに向けた。だが彼はそれに臆することなく微笑んでみせた。
ゆっくりと光を戻していくなまえの瞳。彼女は先ほど取り上げられたナイフを持って、彼と同じ、綺麗な微笑みを返した。


「お夕飯作り、手伝ってきます!」


すっかりほの暗い雰囲気を払拭し、明るくなった彼女は、笑顔でふたりきりの空間を軽い足取りで出ていった。


「…何日放置すれば、俺を呼ぶんだろうな」


一瞬だけよぎった、彼女に似た思考を追い払った彼は、歩幅を普段より広げて彼女の後を追っていく。
口元には、いびつな笑みが浮かべられていた。





―――

要するにブラックさんが一番不憫




14.11.17


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