病み部屋 | ナノ


最近の私には自由というものがない気がする。どう行動する時だって、いつもいつもあの人が傍にいて。別に普段ならば問題なんてない。
でも今はその“普段”じゃない。そもそも今の状況が普段通りではないのはわかっているけど、それ以上なのは、隣にいる荒垣さんの目線。優しさを全て抜き去った様な、監視するみたいなその目線に無理矢理息を吐く。こんなもので息苦しさなんて払拭できやしなかったけど。


「どうした、具合悪ぃのか?」
「……みたいです。保健室行ってきます!」
「あ、おい…!」


息を吐いたことでできた口実。これを機に私は彼の目線から逃げ出してみることにした。
伸ばされた手をなんとかかわして、適当な空き教室に入り込む。これで本当に保健室になんて行ったら、きっとすぐ捕まってしまう。
もう一度息を吐いた。今度は息苦しくない。

久しぶりに私はひとり。


「ここはー? っと…、なまえっちはっけーん」
「あ…っ、伊織君か。どうしたの?」
「こっちのセリフっしょ、それ。なまえっちこそどうしたんだよ?」
「うん、ちょっとね…」


隣の伊織君には私の言動が不可解らしく、首を傾げている。それでも空気を読んで何も追及してこない彼には感謝でいっぱいだ。


「あのね、」
「…ここにいたのか」


ガラリ、その扉が開く音はこんなだっただろうか。扉から覗くその目線は、確実に私を捉えている。私が息のしやすかった空間は一気に酸素が薄くなった様に感じた。


「おっ、荒垣サン! なまえっち、お迎えだぜ」
「……荒垣さん…!?」
「最近仲良いもんなー、ふたり。俺っちはさっさと退散しますよーっと!」
「まっ、」
「悪かったな、伊織。なまえのこと任せちまって」
「いえいえ〜!」


いつもの調子で部屋を出ていく伊織君を引き留めることはできなかった。目の前の荒垣さんは伊織君がこの場にいることを許さない。彼の目がそう言っている。


「…何で保健室にいねぇんだよ」
「………」
「心配するだろうが…」


言葉と表情が合ってません、荒垣さん。明らかにその顔は心配なんかの顔じゃない。怒ってる、目線も表情も、全部。


「何で俺から逃げた」
「そ、れは…」
「何で俺の手をすり抜けやがった…!」
「いっ…、」


いきなり掴まれた腕が痛い。荒垣さん、と私が呼んでも彼は睨む様な目線を向けるだけ。
息が詰まって詰まって仕方ない。息苦しくて涙が出てきた。
私の腕を掴んだまま、荒垣さんは放してくれない。私の涙を暑そうなコートの袖口で拭って、口を開くだけ。


「…なあ、離れんなよ。俺から離れないでくれよ。俺は、お前が……」
「荒垣、さん…」
「なまえが隣にいるだけでいい…、そうは思う。けど駄目だな。許せねぇ、誰かといるお前が。そうやって泣いたって放してやれねぇ。けど俺のなまえだとも言えねぇ…。どうしたらいいんだろうな。なあ、お前も俺が怖いか。怖いんだよな、じゃなきゃそんな怯えた顔しねぇよな」


淡々と語っていく荒垣さんにどれだけ声をかけても彼は聞いてくれない。瞳は虚ろではないけれど、彼の耳に私の声は届いていないらしい。
荒垣さんは私を見ている。聞いていないけど見ている。とてもつらそうな顔で、見ている。
泣くなと彼は私に言う。でも荒垣さんも後少しで泣いてしまいそうに見えなくもない。


「なまえ、なあなまえ…。頼む、俺の隣にいてくれ。そんで泣くな、泣くなよ…。俺は、なまえ、俺は…」


荒垣さんが私をきつく抱きしめる。恐怖と色々なものが混ざった感情が私を支配して、動くことも口からものを発することもできなくなった私は、泣くことしかできなくて。
どうすれば荒垣さんにつらそうな顔をさせずに済むんですか?その質問すら震える唇がさせてくれない。


「…やっぱり俺は、幸せになっちゃいけねぇんだな」


私の名前を連呼する中に挟まれた小さな言葉を聞きとることはできなかった。
呟かれる名前、抱きすくめられた身体。逃げなければ良かった。だって、これでもう逃してはもらえない。
潰れそうになりながらも必死に唇を動かして、応える様に彼の名を呼んでも、荒垣さんはこう言うだけ。


「俺といてくれ…、なまえ」


“いてほしい”じゃなくて、“いろ”と言われていることに気づいているのは、きっと私だけ。





―――

束縛できない、束縛したい




14.07.29


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