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面白そうという至極単純な理由で触ってみた弦楽器はそう安々と私の手に慣れてはくれなかった。弦を押さえる指は痛いし、何よりコードごとの指の入れ替えがうまくいかない。この場ではかじかんでしまう指では弦楽器などみんなの言う通り向いていないにも程があるのかも。
ハァ、と吐いたため息が私の視界を一瞬だけ白く染める。


「…お前も楽器を?」
「……え、」


弦楽器を見つめ、うつむいている私に降りかかった声。顔を上げるとオレンジの髪をした綺麗な顔の男の子が。無表情で私を見下ろす彼の手には銀に光る笛。
街から外れた雪原で人目を避けて弾いていた私。まさかこんな場所で人に声をかけられるとは思わず、何も言わずに彼の瞳を凝視してしまった。まるで澄んだ湖の様な色をしたその瞳から何故か私は目を逸らせず。


「なかなかいい音だった」
「…え、いつも酷い演奏だって言われるのに。えへ、ありがとうございます」


それきり何も言わなくなった彼が今度は私を凝視している。今までの人生の中でこんな綺麗な男の子に見つめられたことがない私は胸の鼓動が激しくなるのを感じながら伺う様に彼を見た。


「…逃げないのか」
「逃げるって……、もしかして危ないですか!?」
「そうじゃない。…オレから逃げないのか」


何で?と首を傾げた後にそういえばと私は思い出す。彼は皆に忌み嫌われる、GCGとかいう機関の男の子ではなかっただろうか。私はその事件が起こった時に現場にいた訳でも、ましてやこのアイスガルドにいた訳でもない。


「逃げない…ですけど」
「……そうか」


寒い中の沈黙が痛くなってきた私は苦し紛れに弦楽器を持ち直して、弦を弾いた。とても格好いいとは言えない音。だが彼は何も言わないでくれている。
チューニングが合ってないのか、ちょっぴり外れた音で奏でられる簡単な曲はきっと笛吹の彼には聴き苦しいに違いない。それでも彼は何も言いはしなかった。


「…お前の音は落ち着くな」
「え…、こんなので良ければいつでも聴かせてさしあげますよ」


彼の言葉が嬉しくて、さらりと口にした言葉。彼は一瞬その綺麗な瞳を見開いて、柔らかく細めた。


「じゃあ、また明日弾いてもらおう」
「ここでですか?」
「ああ。そういえば名前を聞いてなかったな」
「あ、私なまえといいます!」
「…シレンだ。また明日、頼むぞ」


さっさと立ち上がって、私の視界から消えていってしまう彼の背中を見ながら、私は先ほど知った彼の名前を呟く。シレンさん、彼の名前は驚くほど自分の舌に心地よい。


「笑うんだ…、シレンさん」


彼の笑顔を再び見る為に、私は弦楽器の練習を再開した。





―――

シレンの笑顔が見たいです




14.01.20


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