お口直しに甘いものを




ぽとりと重力に従って落ちたそれを思わず拾った。自分としてはただ目の前で物が落ちたから拾ってあげただけなのだけれど。
「もし、落とし物ですけど。これ」
まぁ、今にして思えばそもそも拾ったのが間違いだったのかもしれない。今更そう悔やんだところで後の祭りだ。
「あぁ、ありがとう。本当にありがとう。もしこれが無くなっていたらと思うとぞっとするね。それくらい大切なものなんだ。変わりに、と言ってはなんだけど、キャンディーはいかがですか?」
「いえ結構です。私、知らない人から物を受け取るなって言われてるので」
「私の名前は米川だ。さぁ今この瞬間からお嬢さんと私は知らない人ではなくなった」
だからお嬢さんにはこれを受け取る義務があるのだよ。
男はそう続けた。これは間違いなく変な人だ。なるべくなら関わりたくないそんな感じの。つっこみどころがあるとすれば(つっこみどころしかないというつっこみは無しだ)呆気に取られていたから何も思わなかったが、このときに自分が持っていたのは多分義務じゃなくて権利だ。
米川さん(自称)は軽く引いたどころか実際に一歩下がってしまった自分をなんら気にすることなくポケットに入っていた飴玉を自分のポケットに突っ込んだ。ともすればセクハラと訴えることのできる行為だったが、何しろ突然の行為で自分は驚いていた。それも激しく。そもそもあれはセクハラだったのでは、と思ったのが暫くしてからのことだ。
「お嬢さん本当にありがとう。では、私はこれで」
「はぁ……」
そう言うと米川さん(自称、以下略)は颯爽と去って行った。
良いことをした(はず)で、その上お礼まで受け取っていながらどうにも素直に喜べない。不思議な詐欺にあった気分だった。



次にその米川さんを思い出したのは家でテレビを見ながらだらけているとき。
「ねぇー。あれ程ポケットに何か突っ込んだまま洗濯機に入れるのはやめなさいって言ったでしょー」
「はーい」
テレビの画面を視界に入れたまま、適当に答える。ポケットに何を入れたっけ。あの程度の言い方ならポケットティッシュではなさそうだ。ポケットティッシュという奴は便利なものだが、うっかりポケットに入れたまま洗濯機に入れてしまうと……とんでもない逆襲を喰らうことになる。
……まぁそんなことは置いといて。ポケットの中に入っていたのは飴玉だった。
「あぁ、これか」
あのときはとんでもないような物に見えたが、別段何もなさそうに見える。どこにでもある普通の飴玉だ。
「んー」
どこか口淋しかったのと、ここに置いておいたらいずれ捨てられてしまうということ、あとは単純に甘いのが食べたいのと。とにかく色んな理由によって、飴玉を口に含んだ。
しゅわしゅわする訳でもなく、おかしな匂いだったり色がする訳でもなく。見た目と変わらずその辺で売っている物と同じような味に感じられ、逆に何か物足りないような気もした。
「なんか……思ったよりも普通だなぁ。面白い味じゃないんだ」
ころころと舌先で飴玉を転がしてみれば、口の中の飴玉は不思議な味になった。ただの甘いだけのものからなんだかしょっぱいものに。あまじょっぱい、とでも言えば良いのだろうか。塩を飴玉にでもしたみたいな喉が渇くおかしな味。正直なんとも言えない。今流行りの塩チョコ、塩キャラメルならぬ塩飴なのか。あとは二重構造だったのかもしれない。
この味が変わったの、偶然にしてはなんだか面白い。
「二重構造どころか三重構造で、最後はしゅわしゅわするといいのに」
この言ったことが真実になったのはもう飴のほとんどが溶けてしまってからだ。もう終わりそうだというとき、突然飴が弾けた。スパークするように、ぱちぱちと。それはつまり言い方を変えればしゅわしゅわと。
「ここまでくると偶然……にしては出来すぎだよね」
おかしな味を願って普通の甘いものから塩が効いている味に。そのあとは最後にしゅわしゅわするのを望んだらその通りになった。何て言うか少しおかしい。
さっきは普通の飴だと思ったけれど、やっぱりこの飴は普通じゃない。有り体に言えば、多分「言ったことを叶える飴玉」。こんな変なものがあるのかと思いたくなるし、実際ありえないと思う。けれど誰から貰ったのかを考えればありなのかもしれない。だってあの変な人だ。
それはともかく、これは「言ったことを叶える飴玉」。米川さんが勝手にポケットに突っ込んだからあのときは分からなかったが実は二つほど入れたらしい。だからもうひとつあるのだ。やってみたいことは沢山ある。
「さて……何を願おうかな」
これさえあれば、正直何でもできると思う。全てのことが思うがまま、だ。
近いうちにあるテストで良い点がとれるように?仲良しのあの子と席替えで近くの席になれますように?それは小さすぎる。せっかくなんでもできるのだから大きなことをしてみたい。
世界が自分の思った通りに動きますように?これもなんだかしっくりとは来ない。
「……」
何を願えば良いんだろう。
やりたいことはいっぱいあるはずなのに、何を願えば良いのかが分からない。
早くしないと飴は溶けてしまうというのに。これが最後の飴だ。
何にしよう。何にすれば良い?
けれど考えれば考えるほど何を願えば良いのかこんがらがって分からない。どうすれば良いんだろう。何を願えば良いんだろう。
「……」
結局、何も願えないまま、飴は溶けきってしまった。勿体ないようなつまらないような気もするけど、案外これで良かったのかもしれない。そもそも自分ごときが世界を思い通りにするなんてちょっとおこがまし過ぎるし、もし実際に思い通りになったとしても、そのあとはどうするんだろうか。きっと今みたいに何もできないだろう。
もう飴はなくなってしまったけれど、せめて飴の袋はとっておこうと思った。



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